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2009年11月28日

『「やさしい」って、どういうこと?』

最近、寝たきり状態になった老犬パピの世話をしていて不思議に感じる事があります。

『「やさしい」って、どういうこと?』

心臓が悪いパピは、手足も尻尾も冷たくて。

でも食欲旺盛、普段は静かに寝てるけど、ウンチやおしっこや、餌を準備してる時の匂いなどに反応して、いつも通りの野太い元気な声で「ワン!ワン!」と要求吠えは相変わらず。

報せてくれるので毛布をめくってみると、おしめからあふれて下に敷いてあるペットシーツまでしっかりおしっこが染み込んでる事が多く、ペットシーツとおしめを替えたり、ペット用ウェットティッシュで身体を拭いて。

立ち上がれないので、食事時には体をたてて足を支えています。
そうすると、がっぽがっぽ、まるで攻撃するかのように食器に挑んでいるよう。
消化がいいように細かく刻んだ茹でた豚レバーと、ミルクにふやかした老犬用ドライフードがいまのパピの餌。

食事のあとは、いつもパピが寝るときにしていた体勢を思い出して、足を揃えて寝かせ、毛布をかけておきます。

口についたミルクのあとや目やに、顔の周りはチャトがそのあと綺麗になめとってお手入れしてくれるので、なんとなくチャトとの連携作業でやってる気分。(^^)

面白いことに、子猫のげんちゃん、チャトがパピの顔をなめにいくと必ずついていって、一生懸命様子をみて、たまに自分でも舐めています。学習してるのねー。
もっとも、ふわふわに揺れるパピの耳の毛をおもちゃにしちゃうことも多いけど。★




私が不思議に感じたのは、パピの世話をしている時の自分の感情。

感情が、何もわかないのです。



何もできなくなったパピに対して、可哀そうだとも嫌だとも、死に向かう悲しさも。
愛しさという感情も湧かないし、義務的なものも感じない。面倒だとも感じない。
しもの世話が嫌だとも感じない。ゴミ処理の仕方はどうしようとは考えるけど。

ただ、たんたんと私ができる事をやって、ただたんたんと接しているだけ。
自分でもあきれるほどに自然体なんです。(今んとこパピの世話に限って、なんですが。)


冷たい感情がわくわけでもなく、以前のように感情がフリーズしてるわけでもなく。
パピが気持ちよさそうな顔をして寝ているとその表情に嬉しさを感じます。

パピの世話をしている時に「手足が冷たいな」とか「身体を持ち上げると心臓の鼓動が速くなるな、負担かな?」と感じると同時に自然に私の手からレイキが出ていきます。

私の手で温まるのなら温まってね、とは思うけど、
レイキしてるんだから時間かけて効果が出るまでやろう!…という気負いもなく。

作業が終われば、「じゃぁね。」と、すぐにその場を離れて余計にくっついていたりはしません。



朝方、まだ眠っている時に、パピの吠える声が聞こえる事もあります。
「うーん…パピもうちょっと待って・・・」
と、夢の中に戻ることも多々あり。

それについて罪悪感もなく、高圧的な気分もなく。
ただ、その時は自分に必要な自分の睡眠を優先してる。それだけのこと。

呆れるほど自然体な自分がそこにいます。
(それに比べたら台所に立ってる時の方がよっぽど気をはってるなぁ。(笑))



先日、友人から交換セッションでアバンダンティア-豊穣の女神-の伝授を受けまして。(フェアリーからじゃないの~。ごめんねぇ。^^ゞ)

その直前から当日にかけて、立て続けに色んなもの(現金含む)がどわっと入ってきました。
アバンダンティアのプレゼント♪ だと、ありがたく受け取ったんですが。
(これについても驚きはしたけど、なんだか自然体で受け止められました)


その中に、図書カードがあったので、久しぶりに本屋さんに立ち寄ってみました。
そこで惹かれるように目について買ったのが、この本。

「やさしい」って、どういうこと?←(携帯用リンク)
『私たちは、やさしくされるのが大好きです。「やさしい人は嫌いです」という人は、一人もいません。人の好みは千差万別なのに、こと「やさしさ」に関しては、誰一人として反対しないのです。ところが「やさしさとは何ですか?」という質問には、誰もきちんと答えられません。そしていつも「やさしくしてもらえない」と嘆いているのです。これはとても不思議です。いったい「やさしさ」とは何なのでしょうか? 』
出版社/著者からの内容紹介 -Amazon商品紹介ページより



この本に、私が不思議に感じてたことへの答えが書いてありました。


本当のやさしさとは、エゴがなく、自然な状態で接している事なんだ、と。

「~だから、やさしい」と感じるのはやさしさに条件をつけている。それはエゴから発生している。
しかし、自然体で生きていて、必要な時に、できることを無理なくやるだけのこと、それが本当の「やさしさ」というものなんだ、と。


「ありがたい」というのは「有り、難い」=つまり本当の意味は「やさしくないのが当然」だというのがベースにあるから、それは違うんだよ、と。

有り難いことではなく。

エゴも、支配も、何もなく。

ただ自然体にいて、自分のやることをみつけられ、だから自然にそれができる事。

それが、本当のやさしさというものだ、と。


神霊に対して「守ってくださってありがたい」というのは、根底に「神霊は守らないのがあたりまえ」という思考があるんだ、と。

いや違うでしょう?神霊や天使たちは愛の存在。

神々が愛してくれる、守護してくれるのは「有り難い」ことではなく、神々にとって自然な事なんですよ、とこの本に書いてあり、これは思いっきり目からうろこな視点でした。



ああ!もう!すごく納得!
いま、老犬介護を通して、私は本当のやさしさというのを体験してるんだ!学んでるんだ!


そう納得して寝ているパピを見ると。

とても自然体で、自力で動かせなくなった肉体を嘆くこともなく、
ただ、気持ちいい状態なら気持ちいい顔をして寝ています。

その自然な姿こそが、私にとっても「パピのやさしさ」に触れてる瞬間なんだなぁ。




PS.この気付きと前後して「執着、依存→コントロール→支配・被支配」に関しての気付きやメッセージが立て続けにきています。これも連動しているなぁと観察してみると面白い!これについては順次書いていきますね~。


PS2.さてこの本、例によって2ndのみなさんに回覧でまわしまーす。
ディライラさんに渡しましたので、よかったら目を通してみてくださいね。^^

次回のフェアリーサークル2nd、12/6、いつもの通り南風原の個人宅にて。



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Posted by 町田律子(pyo) at 11:09│Comments(12)どぅちむにー
この記事へのコメント
なるほどねぇ。
時として他人からの「ありがとう」に違和感を
覚えるのはその辺のことなのかな。

藤原東演さん(禅語の)の本に、「ありがとう」は言わない僧侶の話があって、言いさえすればいいとも思わないけど、言わないのもどーよ?と考えていたのよ。

ふ、深い。
(あれこれ、結論を考えた挙句…それ?(笑))
Posted by poponta at 2009年11月28日 11:47
解る~!
以前主人に、同じような話をした事が有りました。
自然体・・・これは大事です。
Posted by BAMBOOママ at 2009年11月28日 12:19
pyoさんの自然体=やさしさに通ずるのですね。
自然体になるまでが、なかなかですう。
体で染み込め、染み込め。
Posted by むかむん at 2009年11月28日 12:57
お久しぶりです。ブログ拝見しております
このエントリーをみて早速アマゾンでポチ。

なんか今までなにを親といがみあってたんだろうと。。。

自然体で両親に接する。そう決心

素敵な本のご紹介、ありがとうございます。
Posted by FT at 2009年11月28日 19:35
なるほど…。
自然体で同等の立場って事ですね
上からでもなく下からでもなく…自然に相対してるって事ですね
Posted by まりゆ at 2009年11月28日 22:22
●ぽんちゃん
んふふ「深い」よねぇ。
この本、ぜひ読んでみて~。^^

●バンブーママ
おおさすが!
自然体、ジャッジも何もなく。
ただ、今を見る。ですね。

●むかむんさん
「今」「ジャッジなく」「存在を否定せず」
で、見てみる。
たとえ悩み苦しんでる状態でも、本人が乗り越えるものだと信じて手を離し、
あえて声をかけず意識もつなげすぎず距離をおいて見守る・・・そんな「自然」な付き合い方もあるんじゃないかな、と。

●FTさん
おお、感想が役に立つと嬉しいです。
身内は難しいですよね。
でも身内こそ自然体で接したいもの。
もしかしたらそれを学ぶために一番困難な存在としているのかなぁ。。。身内。^^

●まりゆさん
そうなんです、上とか下とかはなく、
つまり支配も被支配もなく。
過去も未来も悩む対象ではなく。
ただ、いま、ここにいるその存在を認め、緊張もなく自然体でいること。
わが家の4匹の犬猫たちから日々学んでおります。
Posted by pyopyo at 2009年11月29日 00:04
皆がいるから腕白坊主できるんだねー^m^
きゃわゆい♪
Posted by ゆんたん at 2009年11月29日 12:36
バピもげんちゃんもいいですね。
自然なんですよね。。これが
PYOさんも自然に家族のお世話大変なときも
あるでしょうが、、
バピもげんちゃんもしっかりみててくれていると思います。。
素敵なママですね。
Posted by Light at 2009年11月29日 15:34
身内は難しいですよね。
でも身内こそ自然体で接したいもの。
もしかしたらそれを学ぶために一番困難な存在としているのかなぁ。。。身内。^^

本当にそう思います(^_^;)
他人に対しては、基本的に、人は人、自分は自分、みたいな感覚で時には冷たいとか言われるのですが(笑)、身内には中々そうもいかず・・・(苦笑)

今回の記事、「がばいばあちゃん」の本当の親切とは、本人に気付かれずにするもんだっていうのを思い出しました(*^。^*)
Posted by ジゼル at 2009年11月29日 22:42
●ゆんたん
そうなんだよね、遊んであげてるのか遊んでもらってるのか…びみょー。(笑)

●ライトさん
ありがとうございます。
授乳経験も介護も犬猫相手な私ですが(笑)
それでも自然体でいいんだよね、と過ごしています。

●ジゼルさん
そうそう、身内は結局どうしたってついてくる存在(苦笑)
おお、がばいばぁちゃんにそんな話あったんですか~。
Posted by pyopyo at 2009年11月30日 16:47
う~ん、何度もこの記事、読みなおしてしまいます
そして、読む度に「あぁ、そういうことかぁ」と目からウロコです!(^^)!
しつこくコメすみません(笑)

やっぱ、『自然体』なのですね

そういえば、夢に夜希様出てきて、何かおしゃべりしました
へへっ 嬉しい(*^。^*)
Posted by ジゼル at 2009年12月01日 08:21
●ジゼルさん
そんなに読みこんでいただけると、書いたかいあります~。(嬉)
夜希とおしゃべりしましたか?
守護天使はずれてから、あちこち飛び回ってるようですよ~
Posted by pyopyo at 2009年12月01日 18:18
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。
 
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