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2017年01月08日

神宮寺で本

こんにちはpyoです。
昨日、なんだか喚ばれてる~気分で普天満宮に初詣に行きました。

手水舎に手の清め方の表示がなかったので
「どうするの~?」と、集まってきた剣道着姿の子ども達。
どこかの道場の子ども達が初詣に来たのかしらん?

「こうするんだよ~」
と、使い方を教えたら、真面目な顔して「こう?」とやる子や
「俺もやる!教えて!」と走ってくる子。

「げ!たまった水を口に入れるわけ!」
と言った子は、入れちゃだめだよと言っても水をため水の外に落とすが理解できなかったようで、まるで流し台に流すように中に水を落としてます。
おかあさんが慌てて来たので、笑いながらバトンタッチ。

本堂前で手をあわせても何も感じず。
人が次々と後ろに並ぶので、さっさと移動して
部屋にかける「天照大御神」のお札を購入して、外に出ました。

神宮寺で本
冷え込みが無いので、緋寒桜はまだつぼみ1つ2つ。



鳥居から出ると、何となく「右」が気になる。
そう言えば隣にお寺があったよな・・・と思い出して。
ふらりと寄ってみました。


『私たちは神宮寺です。お隣の普天満宮とは別です。』
普天満山神宮寺公式サイトより

(笑)

『当寺は、1459年に第1尚氏王統第6代国王尚泰久の命により神仏習合の寺院として隣接する普天満宮とともに建立されました。以来、555年の間、当地普天間のみならず中部地域の御守護として親しまれてきました。
又琉球王府直轄の公立寺院のため、歴代住職も公務員の様に人事異動を行ってきました。その間122名の歴代住職が法灯を絶やす事無く、今日に至っています。』
普天満山神宮寺公式サイトより


確か高校生の頃にちらりとのぞいて、すっごく怖くなって逃げ帰った記憶があります。(^^ゞ
なんで怖かったかというと・・・今なら分かるんですけどね、
自分が何者なのか分かってない頃は「怖い」場所がいっぱいありました。

はい、もちろん今は問題ありませぬ~。

神宮寺で本神宮寺で本
奥に金色の観音さま。
普天満大権現って・・・そういえば普天満宮でみたお札の中で
一番強い「気」を発しているのが、この大権現のお札です。(実は天照大御神の札より強い)


ひと気が無かったので、お賽銭をいれて手をあわせていると
「中へ」
と言われている気がしました。

けどまぁ、コインパーキング20分おきに100円というとこに駐めちゃったので、そろそろ帰ろうかな・・・と思った途端
「線香をあげていきなさい」
と浮かびます。

神宮寺で本
祈願のお線香。
BOXがあって、ろうそくとライターがそこにありました。

 じゃぁ、どうにも長引いてる風邪について祈願しておこうかな。

健康祈願の線香を購入。
沖縄のヒラウコーではなくて、バラ線香を6本づつ束ねてありました。
火を点けて手をあわせて瞑想。
バラ線香が広がって、まるでバラの花弁が開くように綺麗に燃えていきます。

と、門から誰か他の参拝客が入ってきました。
祈りが終わる合図。

次の参拝客へ場所をあけようとバッグを肩にかけると
「中へ」と再び。
「鈴のあるのを買いなさい。」

 どうしてもお守りを買えってことかしらん?(^^ゞ

横の入り口から本堂へ。
と、鈴のあるものの前に目についたのがこれ。

神宮寺で本
観音さま柄の、最中。
表情がよくて気にいっちゃった~。


次に目についたのが、床の端にさりげなく置いてあった古本の箱。
本堂内に誰もいなかったので、のぞいてみました。

と、ここでいきなりドーン!と言葉が入ってきたのがこの本。
神宮寺で本


 な、なんだ?
 ホピって・・・何だったっけ?

なんだか気になるので手にとって、お寺で「聖書」というタイトルの本を手にしていることに苦笑しながら、パラパラっと読んでみました。

 うん、言葉が入ってくる。
 これ、今読む本なのね。

どうやら喚ばれたのはこの本への導きなんだろうな~っと、納得。
このあともう一つの気づきがありましたが、後で書きますね。

さて、どうせならと本堂内のお札やお守りなどをぐるぐる見て回ったんだけど、引っかかるのがなし。
う~ん、鈴のあるもの・・・。

神宮寺で本
これにしました。「幸守」可愛い。^^



てことで、観音さま最中と、幸守と、本1冊でちょうど千円。

神宮寺で本
琉球松の参道


帰宅して主人と最中をわけようとして・・・気づきました。
2つにしようとしたら、どこかで観音さまを切らなきゃいけない。^^;

なら、ブッダをぶった切れ~っとひとりでオヤジギャクしつつ、真ん中で真っ二つに切りました。
あんこと皮が別々に包まれていて、自分でセットして食べるタイプ。
甘すぎず美味しい最中でした。


ところで「権現」って何じゃらほい?
『権現(ごんげん)は、日本の神の神号の一つ。
 日本の神々を仏教の仏や菩薩が仮の姿で現れたものとする本地垂迹思想による神号である。
 権という文字は「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が「仮に」神の形を取って「現れた」ことを示す。

 インドのバラモン教やヒンドゥー教の神々は「天」という神号で護法善神として大乗仏教の天部に取り入れられたが、
 日本の神々が日本仏教に取り入れられた際には本地垂迹思想に基づき権現という神号が多く用いられた。…』



もっとわからん言葉が出てきたわ。

『本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。』

『本地とは、本来の境地やあり方のことで、
 垂迹(すいじゃく)とは、迹(あと)を垂れるという意味で、
 神仏が現れることを言う。

 究極の本地は、宇宙の真理そのものである法身であるとし、
 これを本地法身(ほんちほっしん)という。

 また権現の権とは「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が神の形を取って仮に現れたことを示す。

 本地という思想は、仏教が各地で布教されるに際し、
 その土地本来の様々な土着的な宗教を包摂する傾向があることに起因する。

 たとえば、仏教の天部の神々のほとんどはインドのヒンドゥー教を由来とする。
 この思想は、後に、後期大乗仏教で、本地仏大日如来の化身が、
 不動明王など加持身であるという概念を生んだ。』

。。。あと略。

上記サイトを読んでたら、なんで神仏ごっちゃになってるのか、
なんで不動明王と大天使ミカエルが同じ存在という人がいるのか
な~んとなく見当つきました。(^^ゞ

すると思い出しちゃいます、以前大天使ミカエルに言われたこと。
「区別のつかないお前じゃあるまい?」


ま、だいたい海や空を区別つけるようなものなので
確かに区別つけようがつけまいが変わりないんですけどね。


ただ、このあとオーラブロック解除遠隔ヒーリングやろうとしたら
視点が普天満大権現の龍?の視点になっちゃって
ぐるぐると空間を止まらず飛んで行くんで、目が回りそうになってます~。(@@;

ハート



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Posted by 町田律子(pyo) at 17:33│Comments(2)どぅちむにーうちなー歳時記
この記事へのコメント
ネイティヴアメリカンのホピ族でしたっけ?。
禍が起こるからこの土地は掘ってはいけない、と長老が警告したけど
無視して掘ったら、ウラン鉱石が出たとか出ないとか…うろ覚え…
Posted by リッキー at 2017年01月08日 22:32
◯リッキーさん
まだ人類創生あたりを読んでるので、内容ばらしちゃいやん。(笑)
なんとまぁ、古事記、神智学などなどと同じような「地球創生」話が出てきたので
びっくら~♪そっちだったか~♪です。^^
Posted by 町田律子(pyo)町田律子(pyo) at 2017年01月09日 14:38
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。
 
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