「私はユキよ。。。」
不思議そうにペガサスにそういうと、ペガサスは首を横にふりました。
「お前は私の娘の夢希だ。思い出すがいい、伽羅弧にいたことを。」
その途端、ユキは夢希としての記憶を取り戻しました。
伽羅弧のクリスタルの前で誓った、結婚。
アカシックへの記録。
姫巫女である証のクリスタルをアマテラス神が夢希の額に埋め込み、
一族のものとなった証としてズノーの中にもクリスタルのエネルギーが入ったこと。
滝の落ちる広場でのにぎやかな披露宴。
神々のみならず、仲間たちや友人たちが集い、
愛する夫、笑顔の親友と弟たち、
そして…満面笑顔のパパヘヴンと踊り…
そして…
「お父さま!」
夢希はペガサスの首にだきつきました。
「お父さま、迎えに来てくださったのね。
でも、違うの。
私は…ここで、ガイアを手に入れるの。
あの人が迎えにきてくれるまで、ここで待ってるわ。」
夢希は、はっとして人の姿をとった路の頬に軽くキスをすると、笑顔のまま、沈んでいくアトランティスの神殿のクリスタルに吸い込まれていきました。
「…待ってるわ。何千年でも。
あの人はきっとプロジェクトを成功させる。
地球の時間軸を修正し私を迎えに来てくれる。
私に美しい地球をくれるのは、ズノーしかいない…」
路の手の中から消えていった夢希の魂は、クリスタルとともにさらに海底の奥深く沈み、ゆっくりと地球に溶けていきました。
ズノーはその初の転生で、大地を失った人々を励まし、勇気づけ、新たな土地へと導く「パイロット」の役目を果たしました。
新婚の妻を失った悲しみを彼女が沈んだ大海原への愛情へと替え。
彼は落ち着いた先の土地で海の恵みを得ながら生きぬきました。
そしてその転生を終えると…。
「路さま。ズノーが還ってまいりました。」
エリア2の神官から連絡が入り、路は彼を迎えにいきました。
呆けたようにエリア2の海岸に座り込み、海をみている一人の老人。
路は歩きながら自分の服のイメージを沈んだアトランティスのパイロット部隊の制服に替えました。
さく、さく、さくと砂が足の下で音を立てます。
「やぁ。ズノー。お帰り。」
話しかけられた老人は振り返り、不思議そうな表情で言いました。
「儂の名はザロじゃ。ズノーと言う者は知らんぞ。
…いや、知らん…知らんかったと思うが…。
ふむ?村におったかの?聞き覚えのある名じゃ。」
老人は少し考えたあと首をふり、そして路を再びみました。
「その服にも覚えがある。わしはもう年寄りじゃ。時々記憶がおかしくなっての。おぬしがズノーとかいう者じゃったかの。」
「じいさん。…ザロさん。」
路は優しく微笑みながら老人に言いました。
「うまいもの、たんと食いたくないか?」
「おお。昔はよく食べたもんじゃ。だがアトランティスが沈んでからもう何十年もこの腹をいっぱいにしたことはない。もううまいものの味なんぞ忘れてしもたわ。」
しゃがんでいた路は立ち上がりました。
「こっちこいよ。食わせてやる。」
老人ザロは驚いて路をみあげ、路が背を向けて歩きはじめると慌てて立ち上がって後を追い始めました。
サク、ザク、サク、ザク…
二人の足音が砂の上を進んでいきます。
「…路。」
ズノーが呼び、路は足を止めて振り返りました。
「すまん、混乱してたようだ。俺は…死んだのか?伽羅弧に戻ってきたんだな。」
老人の姿は消え、そこには少し疲れたようなズノーが立っていました。
ズノーは最初の地球への転生の疲れを癒し、はっきりと記憶をとりもどすまでに少し時間がかかりました。
何よりも飢えた感覚が強く。これを消すために、戻ってきた日はそれだけにとりかからねばならぬほどでした。
「路、お前はこの事を知ってたのか?」
「ああ、俺もその役をやったといったろう。
アトランティスが沈んでから人々がばらばらになり、新たに作った村では数年間飢えや病気、野生の獣たちに襲われたりして苦しんだ。
医薬品もなく…文明を知っていた者ほど苦しかったな。」
ズノーはうなずきました。
「あれから…どれだけ経った。」
「お前たちが出発してから3日だ。地球ではお前は65年過ごした。長生きな方だったな。」
路は修正された時間軸のデータを示しました。
兄の径が運営している地球観察研究所でこれらの観察と数値化がおこなわれており、解り易い解析データまで示されたレポートがすでに西塔に届いていました。
「夢希はそのまま地球の中でお前を待っている。」
路にそう言われ、唇をかんだズノーはデータを穴があくほど見つめていました。
「出来るだけ早く地上に戻る。次の転生でもう少し修正するからな。」
「ああ。だが少しは休んでからにしろ。」
こうしてズノーは何度も地上におり、さまざまな人生を体験しました。
その都度、転生前の記憶はもたなかったものの
彼の人生ひとつひとつには常に共通点がありました。
地球を愛し、
自然を育み、
人の心に地球とつながっているという安心感、
それによる勇気と笑顔をとりもどすこと。
その転生は男であったり女であったり、農夫や漁夫、あるいは狩人、または浮浪者や兵士、売春婦、司祭になることもあれば尼になることもあり。
どんな転生でも、ズノーは常に地球の美しさを愛する者でした。
そしてそのズノーの生き方こそが、周辺の人々に感銘と影響を与え、それが波紋のように他の人々へつたわり癒された人々のエネルギーがまた次へと広がっていきます。
こうして地球上の集合意識のエネルギーが少しずつ変化すると、地球そのもののエネルギーが辿る時間軸の向かう方向もほんの少しずつ変わっていくのでした。
転生ごとに伽羅弧に戻り、情報を確かめ、ふたたび地球へと戻るズノーをみていた彼の仲間たちは。
ひとり、またひとりと彼のプロジェクトを助けるために同じように地上に下りはじめました。
仲間たちはズノーの身内や友人、または影響を受ける彼の周囲の人物としてあらわれるようになり。
やがて全員が地上におりてソウルメイトと呼ばれる関係をもちながら、一緒に、彼の地上での活動を助けていきました。
地上に降りている間の彼らには常に伽羅弧の神子たちが最大限のサポートをしていました。
ただしそれは地上に下りた彼らには感知されることもなく。
数千年の時をそうやって転生し続けたズノーと彼の仲間たちは次第にひとつの変化を感じ始めていました。
「なぁ。俺たち、これだけ地球に転生を繰り返していたら…
もう、地球人だと言っていいと思わないか?」
ある日、西塔に集った仲間たちにメンバーの一人が言いました。
「!そうだな。そうだよ、俺たち、地球人だよ。」
「もう、星を失った者たちじゃないよな。」
「うん、そうだ。」
彼らは、自らの魂が地球としっかり結びついているのを感じたのでした。
つづく。