夢希60 最終回「ガイアの女神」

町田律子(pyo)

2010年12月11日 20:00

夢希60 最終回「ガイアの女神」


ある日路とズノーは西塔で仲間内の小さなパーティをひらきました。

地球時間では数千年、伽羅弧では、1年ほどたった頃。
ようやっと目標の数値に達した、というレポートが示されていました。

このパーティで彼らはドリが、夢希がここにいないことを痛切に感じ。
次の転生では彼女をとりもどそうと、固く誓いあいました。

「いつもな、地球に向かう時に感じるんだ。
 俺たちのドリが…姫巫女さまが地球とひとつになっている、ってね。
 そうすると本当に地球が愛しく感じられる。
 だからこれだけのプロジェクトに取り組めたんだと思う。」

チームの一人が言うと、皆が賛成し。
わくわくと湧きあがる期待に胸躍らせながら、プロジェクト最後の転生に向かったのでした。




地球。
西暦2010年秋。

大海原を東へと向かう船にのっているのは、
海洋研究学者の逗野(ずの)博士。

彼の研究は派手ではないものの、地球温暖化が注目される以前から研究していた膨大なデータを惜しげもなく他の科学者へ提供することで各方面の助けになっており、その点で有名な男でした。

また彼は親が残した膨大な個人資産のみならず有力なスポンサーをも何人か抱えており
彼の研究に横から口を出すものが全くいない、という意味でも不思議と恵まれている男でした。



「逗野博士。早いですね。」
夜明け前の船の甲板に出てきた夜勤の船員は、手に持っていたコーヒーカップのひとつを博士に渡しました。

「やぁ、悪いな。夜明けを見るのが好きでね。」
逗野博士は温かいコーヒーを受け取ると一口飲み、既に何度も同じ船で顔を合わせている船員にうなずきました。

「相変わらず君のいれるコーヒーは逸品だな。」

「お世辞はいりません。こんなところでこうやって飲むから美味しいんですよ。これが高級レストランのテーブルだったら、なんだこんなもん、って言われるのが落ちです。」
笑う船員に、博士も笑いました。

「そうだな。夜明けの大海原で飲むコーヒーは最高に美味しい。
 そして夜明けの空はとても美しい。」

逗野博士はしらじらと明けはじめた空に夢見るようなまなざしを向けながら言いました。

「夜明けはね、なんだか歌が聞こえるような気がしないかい?
 祈りの歌のような…空が歌っているというかね。」

「祈りの歌ですか…そうですねぇ。
 よくわかりませんが、讃美歌のような感じですか?
 海の歌なら聞こえるような気もしますが。ざばん、ざばんとね。」

船員の言葉に、逗野博士は口元をほころばせてコーヒーをすすりました。


「ところで君は…馬にのった事はあるかね?」

「馬?!ですか…?まぁ、港町の可愛い雌馬なら何度か。」
船員のちょっとした隠喩に笑いながら、博士は首をふりました。

「そっちの話しじゃない。僕は海も好きだが、馬も好きでね。
 特に白い馬が…子どもの頃一度乗ったことがある。
 その馬が何度か夢に出てくるんだ。」

はぁ、とうなずきながら話しの続きをまつ船員に、博士は続けました。
「その白い馬が昨夜も夢に出てね。それが、羽があるんだよ。」

「羽ですか?そりゃペガサスってやつじゃないですか?
 博士、なかなかロマンチックな夢を見るんですね。」

ははは…と苦笑した逗野博士は、コーヒーをすすってから続けました。

「ロマンチストでないと、こんな仕事はできんよ。
 僕はね、地球温暖化や色んな数値をみてきているが…
 なぜかとても楽観視してるんだよ、地球の未来に。」

「そうなんですか?
 いやぁ、このままじゃ地球は滅亡するって博士のデータをもとにえらく暗い論文書いてるやつもいると聞きましたが…。」

「解釈の仕方かなと思うんだ。一度既存の考え方や文明を破壊してみると、見えてこなかった世界が見えてくる…そんな気もするのだよ。」

「そうですかねぇ。
 そうだといいですねぇ。」

「昔、この海に沈んだ大陸があった…そんな話を信じるか信じないかというより、その沈んだ大陸が語る意味をとらえてみたいと思うんだ。」

「大陸が語るんですか?
 まさか、羽のある馬も何か語ったんですか?」

「おおそうだ、その羽のある白い馬だがね、語ったんだよ。」

船員は自分で言っておきながら「えっ」と驚き、次の言葉を待ちました。
逗野博士は目を細めて言いました。

「その馬は言ってたんだ。
 『ガイアの女神を目覚めさせろ』とね。」

「ガイアの女神…。ギリシャ神話の女神ですかね?大地とか地球とかの。」

「そうだな。なんだかそれを聞いた時、僕は妻を目覚めさせろと言われた気がしたんだ。」

「え?妻ですか?博士は…失礼ですが、独身だとうかがっておりました。」

逗野博士は笑いました。

「そうなんだ、僕は海の研究ばかりしていて、全然女性と知り合う機会もなくてね。この年で独身だ。
 だが僕は本当に地球を愛してるからね、だからガイアの女神が妻でもおかしくないかなと思ったよ。」


その時、水平線の向こうから朝の太陽が一条の光を投げかけてきました。

大海原の夜明け。
海は凪ぎ、空はみるみる内に美しい夜明けの光を変化させていきます。

しばらく二人は黙って夜明けを見つめ。
船員がぽつりと言いました。

「素敵ですね。美しい夜明けに語るガイアの女神。
 これほどロマンのある妻はいないと思います、博士。」

飲み終わったコーヒーカップを船員が受け取ると、二人はどちらともなく朝食に向かおうと太陽に背を向けました。

「…博士。僕も…いいですか。」
「何だね?」

「いつだったか…この船に乗ることになった時だったと思います。
 こうした夜明けの太陽をみたときに、
 七色の大きな鳥が水平線を飛んでいるような気がしたんです。

 いや、気のせい、空の変化がそうみえただけですけどね。
 なんとなく…ですが、あの鳥に導かれて海に出ていくんだな、と。そんな気がしました。」

照れ笑いをする船員の背中をぽんと叩き、
逗野博士は笑いました。

「いいじゃないか。そういうロマンも必要さ。
 さぁ、今日は観測地点に着くぞ。
 七色の鳥に導かれて、ガイアの女神を捜しに行くとしよう。」

食堂のドアをあけてちらりと水平線を見ると、一瞬。

大海原の空の上に、真っ白な翼のある馬と
七色に輝く大きな鳥、そして羽のある天使たちが
海の一か所を示しているような気がしました。


「やっと…来たよ。」

なぜそんな言葉が出たのか自分でもわけがわからず、
「え?」と振り返った船員に「何でもない。」と笑うと
逗野博士は食堂のドアをしめたのでした。





「夢希」 完




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