てぃーだブログ › pyo's room › 龍物語 › 第7話 威厳 [白龍物語]

2009年07月05日

第7話 威厳 [白龍物語]

第7話 威厳

美雨はどうしたらいいのかわかりませんでした。
不安を抱えたまま、ひとり家の中でうろつきます。

第7話 威厳 [白龍物語]

昏睡状態に陥ったままの母。
そして目の前で忽然と消えた父。

美雨は今まで何も考えずに守られて過ごしてきたことをいやでも思い知らされてしまったのです。

涙が目にうるうると溜まってきます。
でも、泣いていいのかどうかすらわからない。

泣いてしまうと悪いことが起きるような気がする。
でもかといって泣く以外に何ができるのかもわからない。

そんな、泣くに泣けない美雨のスカートのすそをぎゅっと握る者がいました。
小さな手が、不安に震える彼女を引きとめ、見えない目が彼女をじっと見つめています。

「遥珂…」
美雨は遥珂を抱き上げると
「うん、大丈夫よ。お父さまもお母さまもお強いもの。」
と、いいきかせるように話しました。


こん、こん。
ドアがノックされます。

 誰かしら?

美雨はあわてて目にたまった涙をふきとると、ドアを開けました。
「やぁ。」

そこに立っていたのは、白青色の髪、赤い瞳、ハンサムな顔立ちをした背の高い男性。
アーシャスと紫乃の長男、美雨にとっては従兄弟にあたる、径(けい)でした。

「騒ぎがあったようなんで、様子をみにきたんだ。…入っていいかい?」
径は、兄の為信と一緒に陰陽師の修業をしていた仲。

美雨はその関係で彼とは顔を合わせたことはあるものの、いままで特にこうやって親しく行き来したことなどありませんでした。


美雨は径を中に招き入れてリビングに案内し、お茶をいれようと準備を始めました。
「君のところでは、君がお茶をいれるのかい?女官は?」
径が驚いてきいてきます。

「…女官は使ってないんです。私がお茶をいれますわ。」
「もの好きだなぁ。女官嫌いな叔母上の趣味はきいてはいたけど。」

美雨は驚きました。

 趣味?趣味ですって?
 …違うわ、お母さまはそんなもの好きな感覚でご自分で家事をしてきたんじゃない。

「母には、自分のことは自分でやるようにと、そう教えられました。ですから女官は不要なんですわ。」
美雨は必死に説明しようとしました。

径はまったく意に介さず、家の中をじろじろと見回します。
「家具もシンプル。女官も使わず。
 これじゃまるで人間の庶民の生活じゃないか。
 もっと神々としての威厳をもたれてもいいと思うんだけどね。」

 威厳…。
 このひとは一体何を言いたいんだろう。
 何をしにきたんだろう・・・?

美雨は径がまるで違う世界から来たかのような感覚を覚えました。
全く話が通じない。きっと何を言ってもだめだろう…すぐそう感じてしまったのです。

美雨はそれでも必死に平静を保とうとしながら、径のために美味しいお茶をいれました。

その間に径は立ち上がってリビング内をすこし歩きまわり、壁の飾りに目をつけました。
手入れされた古いエンブレムと剣。
軍神アズマの昔の持ち物が暖炉の上に飾ってあったのです。

それを良くみてみようと、径は邪魔に感じた暖炉の前の椅子を少し動かしました。

「あ…あの…椅子の位置は動かさないでください。」
お茶を運んできた美雨の言葉に、径は驚いてふりむきました。

「なんだって?」
「…弟の遥珂が家具の配置を覚えたところなので…変えるとぶつかってしまうかもしれないんです。」
「弟?」

径は、先ほどからリビングの隅でひとり大人しくおもちゃで遊んでいた遥珂を見ました。
「拾ってきた龍か。弟にしたのかい。ずいぶん面倒な子だと聞いたが。」

美雨はかっと顔が赤くなるのを感じました。

その瞬間、美雨と径の間の空間が揺れ、いきなり径の正面に一人の黒髪の女性が現れました。
径の姉、零でした。

零は現れざまに径の頬をびしっと叩き、怒鳴りました。
「なんて失礼な事いうの!径!」

零は径と美雨が唖然とする勢いでもう一度手をあげ、とっさに径は手をあげて防御し後ろに一歩さがりました。

「出て行きなさい!こんなのが私の弟だなんて、恥ずかしいわ。」

姉の勢いに気押されながらも、径は尊大な態度をくずさずに美雨に会釈し、
「失礼した。」
といって、出ていきました。


美雨は径が出て行ったあと、やっと気が緩んで涙が奥からこみあげてくるのを感じました。
でも、あまりの悔しさに涙は逆に出てきません。

零が、そっと美雨の肩に手をおいて、
「ごめんね。」
と声をかけてくれました。

「…いいえ。ありがとうございます…」
下を向いて首をよこにふると、涙がぽつん、とおちました。


つづく。
用語、キャラクター解説はこちら 目次代わりのタイトル一覧は、タグをクリックしてご覧ください。



同じカテゴリー(龍物語)の記事
つぶやき。
つぶやき。(2013-02-21 14:21)


Posted by 町田律子(pyo) at 07:00│Comments(0)龍物語
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。