2009年07月30日
第4話 三日夜の餅 [黒龍物語番外編2 最終話]
第4話 三日夜の餅(みかのよのもちい)
黒龍為信は、闇の湖の底でとぐろを巻いて寝ていました。
生ぬるく淀んだ水。
おまけのこの黒龍は酒臭い。
零はしばらくそばで様子をみたあと、いきなり麒麟に変身し闇の湖の流れをリセットしました。
黒龍為信は、闇の湖の底でとぐろを巻いて寝ていました。
生ぬるく淀んだ水。
おまけのこの黒龍は酒臭い。
零はしばらくそばで様子をみたあと、いきなり麒麟に変身し闇の湖の流れをリセットしました。
がっ!っと水が勢いよく流れ始め、黒龍は驚いてとびおきます。
「零ちゃん・・・?」
また夢か?
それとも幻想をみるほどひどく酔ってるのか?
為信のもうろうとした視点が定まるまで、零はまるで彫像の麒麟のように動かずに待っていました。
為信は人の姿になってふらつきながら立ち上がると、頭を振って、もう一度、目の前の美しい麒麟を見つめました。
為信が沈み込んでいた水がどんどん入れ替わり、清浄な水に変わります。
そのうち、為信の酔いがさめ、頭がはっきりとしてきました。
そろそろと近づき、麒麟にそっと手をふれてみます。
麒麟はまだ動きません。
ただ、その肌の柔らかさと手触りのいい毛の感触が確かに幻ではないと為信に教えてくれました。
「…幻でもいい。作り物でもいい。君がそばにいてくれたら…。」
為信はそっと麒麟を撫でます。
「いや。君がほしい。生きてる君が…。」
酔いざめの頭で麒麟を見つめ、為信はぽつりと涙を落しました。
「…零…」
「ええ。来たわ。」
零はいきなり返事をして、驚いた為信の目をみました。
「もう、そんなお酒の呑み方はやめて。
お酒は本当はそんな飲み方するために在るんじゃないわ。それは知ってるでしょう?
あなたがきちんと役目と向き合うのなら、私はここにいるから。」
呆然とたちつくす為信の前で零も人の姿に変わり、背の高い為信を見上げました。
「押しかけ女房するつもりはないの。あなたが呼んだから、来たのよ。」
孤独と絶望の中に落ち込んでいた為信は、震える手で零の肩をつかみました。
「…本当に?」
彼のしがみつくような目を見て、零は胸がきゅん、となりました。
「ええ。本当に。でも、あなた次第よ?」
その先をいう前に為信は零の唇を奪い、今度は零は素直に彼に身体を預けました。
びぃーん… びぃーん…
…どこかで弦を鳴らす音が聞こえてきます。
それは二人のために。
邪を遠ざけ、近寄らせないための弦の音。
それはその後三日三晩鳴らされ続けました。
翌日。
為信は、零を住家に案内しました。
木造の、寝殿造りと言われる古風な家。
庭には木々や草花が生い茂り、黒光りするほど磨きこまれた板間の部屋部屋を心地の良い風が吹き抜けていきます。
井戸から汲まれた冷たい水で手足や顔を洗うと、零は気持ちがしゃきっとするのを感じました。
「ここは、ずっと夢に見せられていた家なんだ。」
為信がいいました。
イザナギによりみせられていたあの夢に出てきた家。
地上におりて、それが住処だと知った時の驚き。
為信が住んでみると、まるでここで生まれ育ったかのようにしっくりと馴染んだことも驚き。
ここは、前世の黒龍、フェイが暮らしていた家だったのでした。
三日目の朝。
まだ夜も明けきらない早朝にふと目を覚ました零の枕もとには、「三日夜の餅」が届けられていました。
ザパッという音が聞こえ、外をのぞいてみます。
明け方の薄明かりの中で為信が井戸で行水をしていました。
家と同じく古風な衣の上半身だけをはだけ、冷たい水を頭からかぶり、何かを一心に祈っているよう。
それは、荒れた生活と決別し新しい自分を受け入れようとする為信の禊でした。
零はその背中に真新しいムチで打たれたような傷があるのに気が付きました。
その傷は短い時間で為信の皮膚の奥に飲み込まれるように消えていきます。
しかししばらくするとまた新たな傷が別の場所に出現します。
零は黙ってその様子を見つめていました。
その夜。
零は「三日夜の餅」のそばに榊を飾り、月が見える場所に供えました。
月は、十六夜月。
「…お父さま。彼は私を受け入れてくれました。どうぞお力をお貸しください…。」
零は月を見上げながらつぶやくように口の中で言うと、準備された神酒に口をつけます。
同じ杯を使って為信もまた神酒を飲みました。
二人だけの宴。
零は為信と一緒に餅をつまんだあと、為信の剣を借りて舞を舞い始めました。
母から教わった剣舞。
しかし零の舞は鳳凰のもつ炎の激しさはなく、むしろ冴え冴えとした月の光にも似た舞でした。
為信が父アズマから譲り受けた草薙の剣が、零の動きに合わせてキラリキラリと月の光を反射させます。
為信は、拘束されて紫乃の剣舞の前に引き出された時を思い出しました。
『俺はまだ罪人なんだろうか。』
為信は零が来てくれてなおまだ苦しい胸の内をふとそう感じます。
ぴしっと、彼の背中にまた真新しい傷がつきます。
彼はその傷と痛みをずっと無視し続けていました。
やがて、どこからか遠く笛の音が聞こえてきました。
その音はまるで零の舞にあわせて月から聞こえてくるよう。
しかし為信はその音に、伽羅弧の長城に立つ父母の姿を思い浮かべたのでした。
翌朝、天照大神と月読尊の訪問を告げられ、為信は大国主命としてうやうやしく二神をお迎えしました。
席をしつらえた奥の部屋に忽然と現れた二神に、酒や肴、ご馳走を供えて頭を下げます。
紫乃はにっこりと笑うと、「為信。零をよろしくお願いします。」と告げました。
アーシャスが伽羅弧から持ってきた神酒を出します。
三人で杯を交わすと、二神はそのまま掻き消えるように戻っていきました。
零は隣の部屋に控えたまま、両親と会うこともなく。
こうして。
為信と零の婚姻は成立しました。
それは径と美雨の華やかな結婚式とはまるで違う様相だったのですが。
二人は己の選択に満足し、新しい生活を粛々と受け入れました。
そして大国主尊の妻となった零は、いつしかこの根の国で「スセリビメ」と呼ばれるようになっていくのでした。
「零ちゃん・・・?」
また夢か?
それとも幻想をみるほどひどく酔ってるのか?
為信のもうろうとした視点が定まるまで、零はまるで彫像の麒麟のように動かずに待っていました。
為信は人の姿になってふらつきながら立ち上がると、頭を振って、もう一度、目の前の美しい麒麟を見つめました。
為信が沈み込んでいた水がどんどん入れ替わり、清浄な水に変わります。
そのうち、為信の酔いがさめ、頭がはっきりとしてきました。
そろそろと近づき、麒麟にそっと手をふれてみます。
麒麟はまだ動きません。
ただ、その肌の柔らかさと手触りのいい毛の感触が確かに幻ではないと為信に教えてくれました。
「…幻でもいい。作り物でもいい。君がそばにいてくれたら…。」
為信はそっと麒麟を撫でます。
「いや。君がほしい。生きてる君が…。」
酔いざめの頭で麒麟を見つめ、為信はぽつりと涙を落しました。
「…零…」
「ええ。来たわ。」
零はいきなり返事をして、驚いた為信の目をみました。
「もう、そんなお酒の呑み方はやめて。
お酒は本当はそんな飲み方するために在るんじゃないわ。それは知ってるでしょう?
あなたがきちんと役目と向き合うのなら、私はここにいるから。」
呆然とたちつくす為信の前で零も人の姿に変わり、背の高い為信を見上げました。
「押しかけ女房するつもりはないの。あなたが呼んだから、来たのよ。」
孤独と絶望の中に落ち込んでいた為信は、震える手で零の肩をつかみました。
「…本当に?」
彼のしがみつくような目を見て、零は胸がきゅん、となりました。
「ええ。本当に。でも、あなた次第よ?」
その先をいう前に為信は零の唇を奪い、今度は零は素直に彼に身体を預けました。
びぃーん… びぃーん…
…どこかで弦を鳴らす音が聞こえてきます。
それは二人のために。
邪を遠ざけ、近寄らせないための弦の音。
それはその後三日三晩鳴らされ続けました。
翌日。
為信は、零を住家に案内しました。
木造の、寝殿造りと言われる古風な家。
庭には木々や草花が生い茂り、黒光りするほど磨きこまれた板間の部屋部屋を心地の良い風が吹き抜けていきます。
井戸から汲まれた冷たい水で手足や顔を洗うと、零は気持ちがしゃきっとするのを感じました。
「ここは、ずっと夢に見せられていた家なんだ。」
為信がいいました。
イザナギによりみせられていたあの夢に出てきた家。
地上におりて、それが住処だと知った時の驚き。
為信が住んでみると、まるでここで生まれ育ったかのようにしっくりと馴染んだことも驚き。
ここは、前世の黒龍、フェイが暮らしていた家だったのでした。
三日目の朝。
まだ夜も明けきらない早朝にふと目を覚ました零の枕もとには、「三日夜の餅」が届けられていました。
ザパッという音が聞こえ、外をのぞいてみます。
明け方の薄明かりの中で為信が井戸で行水をしていました。
家と同じく古風な衣の上半身だけをはだけ、冷たい水を頭からかぶり、何かを一心に祈っているよう。
それは、荒れた生活と決別し新しい自分を受け入れようとする為信の禊でした。
零はその背中に真新しいムチで打たれたような傷があるのに気が付きました。
その傷は短い時間で為信の皮膚の奥に飲み込まれるように消えていきます。
しかししばらくするとまた新たな傷が別の場所に出現します。
零は黙ってその様子を見つめていました。
その夜。
零は「三日夜の餅」のそばに榊を飾り、月が見える場所に供えました。
月は、十六夜月。
「…お父さま。彼は私を受け入れてくれました。どうぞお力をお貸しください…。」
零は月を見上げながらつぶやくように口の中で言うと、準備された神酒に口をつけます。
同じ杯を使って為信もまた神酒を飲みました。
二人だけの宴。
零は為信と一緒に餅をつまんだあと、為信の剣を借りて舞を舞い始めました。
母から教わった剣舞。
しかし零の舞は鳳凰のもつ炎の激しさはなく、むしろ冴え冴えとした月の光にも似た舞でした。
為信が父アズマから譲り受けた草薙の剣が、零の動きに合わせてキラリキラリと月の光を反射させます。
為信は、拘束されて紫乃の剣舞の前に引き出された時を思い出しました。
『俺はまだ罪人なんだろうか。』
為信は零が来てくれてなおまだ苦しい胸の内をふとそう感じます。
ぴしっと、彼の背中にまた真新しい傷がつきます。
彼はその傷と痛みをずっと無視し続けていました。
やがて、どこからか遠く笛の音が聞こえてきました。
その音はまるで零の舞にあわせて月から聞こえてくるよう。
しかし為信はその音に、伽羅弧の長城に立つ父母の姿を思い浮かべたのでした。
翌朝、天照大神と月読尊の訪問を告げられ、為信は大国主命としてうやうやしく二神をお迎えしました。
席をしつらえた奥の部屋に忽然と現れた二神に、酒や肴、ご馳走を供えて頭を下げます。
紫乃はにっこりと笑うと、「為信。零をよろしくお願いします。」と告げました。
アーシャスが伽羅弧から持ってきた神酒を出します。
三人で杯を交わすと、二神はそのまま掻き消えるように戻っていきました。
零は隣の部屋に控えたまま、両親と会うこともなく。
こうして。
為信と零の婚姻は成立しました。
それは径と美雨の華やかな結婚式とはまるで違う様相だったのですが。
二人は己の選択に満足し、新しい生活を粛々と受け入れました。
そして大国主尊の妻となった零は、いつしかこの根の国で「スセリビメ」と呼ばれるようになっていくのでした。
黒龍物語番外編2 「完」
スセリビメ-Wikipedia より
『スセリビメは、日本神話に登場する女神。スサノオの娘で、大国主の正妻。』
Posted by 町田律子(pyo) at 19:00│Comments(0)
│龍物語
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。