2011年08月02日
大地の花36 月夜の波
第36話 「月夜の波」
月夜の浜から静かにくり舟を漕ぎ出す。
静かに先導する黒龍は波間をすすみ、人の目には見えない。
人数と夜間であること、途中の街道を考えると夜道を陸上移動するより海上移動の方が速い。
王城に近い港までぐるり舟で移動することにしたものの、メイファはこんなくり舟は初めてだった。
1年ほど前、竜族の男たちが共同で手に入れた漁のための舟だ。
「動かないでくださいね。舟の中では立たないように。」
くり舟を操る男たちに釘をさされて、早く早くと急く心を必死に鎮めながらメイファとファーレンは行先に輝く波の流れをじっと見つめていた。
水面がすぐそこだ。
引きこまれそうな黒々とした闇を映し出す水の表面は月の輝きを映し出し、輝く。
そのコントラストの合間にランユウの笑顔が映しだされるような気がした。
「ここからは近道をとります。急な坂道ですので離れないように気をつけてください。」
馬が通る道とは別に、まっすぐに登る階段に近い獣道状態の坂道がある。
舟を下りてから、獣に襲われないよう、夜見廻りの兵士に見咎められないよう注意しながら一行は道を進んだ。
不意に視界が開けたと思うと、ランユウの本家の屋敷裏に出た。
「様子を確認してきます。こちらで潜んでいてください。」
男二人が闇夜の中を塀沿いに走りぬけ、やがて一人が戻ってきた。
「大丈夫です、屋敷番の老夫婦だけのようです。」
裏から草陰を抜けて屋敷内に侵入すると、一人の老人がそわそわと裏庭で待っていてくれた。
「ファーレンさま、お久しぶりです。おお、メイファさま!こんなに大きゅうなられて。ランユウさまからそうお聞きしていましたが、懐かしいこと…みなさま、とりあえずこちらの部屋にお入りください。」
裏の兵士用の番小屋に案内される。
「ハティルさん、ランユウさまは…生きておられるのですよね?」
すぐにでも飛び出していきそうなメイファの手をぎゅっと握りながら、ファーレンは屋敷番の老人に聞いた。
老人はそれをきいて頭をたれ、涙を落とす。
「生きて…おられると言ってよいのかどうか。私どももあまり近づけないのです、薬師たちがずっとそばにいて、でもあれでは…」
生きている。
その事が判った瞬間、心のなかになんとも言えない柔らかな思いと、ぎゅっと絞めつけるような苦しさがメイファのなかに浮かんだ。
ああ、と同じような思いの吐息が一斉に流れ、皆が同じ思いを共有してたのを感じた。
「どういう状態なのでしょう?」
ファーレンの質問に、老ハティルは首を横に振った。
「…生きたまま死んでいる状態です、いえ、あれでは地獄におられるのかもしれない。」
メイファは立ち上がった。
目の前にランユウがいるとわかっているのに、ここでこうして話をしていても埒があかない。
「行くわ。どこ?」
「メイファ様!いけません。王城から派遣された医師が誰も入れようとしないのです。日に一回、着替えと下のお世話だけ許されますがそれ以外は入るな、と。」
メイファの目が闇の中で光った。
「誰も私の前に立ち塞がらないわ。」
その様子に腰をぬかさんばかりの老人をおいて、メイファはさっさと小屋をぬけ、本家の屋敷の裏口をがらりと開けた。
ランマオとファーレンが慌ててあとを追う。
ぷん、と異臭がした。
薬草を燻しているのか、それとも煮込んでいるのか?
妙な腐敗臭も感じる。
その匂いがもっとも強く感じられる部屋をみつけ、がらりと引き戸を開けた。
「誰だ!」
頭を坊主にした男が立ちふさがる。直前まで寝ていたようだ。
「ランユウはどこ?」
メイファは男の目を睨みつけた。
その勢いにのまれたかのように男は身体をひき、それから思いとどまってメイファの前に立ち塞がった。
「通すわけにいかない。感染する恐れのある熱病患者だ。ここから入ればお前もただじゃすまないぞ。」
「私はうつらないわ。」
話しているうちにファーレンと男たちが追いついた。
ファーレンは深々と頭を下げ、坊主に言った。
「王城のお偉い薬師さまとお見受けします。私たちはランユウさまのお世話のために里からやってまいりました。どうぞお取次ぎくださいませ。」
「あ、ああ…」
メイファの目を見つめていた坊主は何か催眠でもかかったようにふらふらと歩き出し、もうひとつの板戸を示した。
「ここだ。」
つづく。
馬が通る道とは別に、まっすぐに登る階段に近い獣道状態の坂道がある。
舟を下りてから、獣に襲われないよう、夜見廻りの兵士に見咎められないよう注意しながら一行は道を進んだ。
不意に視界が開けたと思うと、ランユウの本家の屋敷裏に出た。
「様子を確認してきます。こちらで潜んでいてください。」
男二人が闇夜の中を塀沿いに走りぬけ、やがて一人が戻ってきた。
「大丈夫です、屋敷番の老夫婦だけのようです。」
裏から草陰を抜けて屋敷内に侵入すると、一人の老人がそわそわと裏庭で待っていてくれた。
「ファーレンさま、お久しぶりです。おお、メイファさま!こんなに大きゅうなられて。ランユウさまからそうお聞きしていましたが、懐かしいこと…みなさま、とりあえずこちらの部屋にお入りください。」
裏の兵士用の番小屋に案内される。
「ハティルさん、ランユウさまは…生きておられるのですよね?」
すぐにでも飛び出していきそうなメイファの手をぎゅっと握りながら、ファーレンは屋敷番の老人に聞いた。
老人はそれをきいて頭をたれ、涙を落とす。
「生きて…おられると言ってよいのかどうか。私どももあまり近づけないのです、薬師たちがずっとそばにいて、でもあれでは…」
生きている。
その事が判った瞬間、心のなかになんとも言えない柔らかな思いと、ぎゅっと絞めつけるような苦しさがメイファのなかに浮かんだ。
ああ、と同じような思いの吐息が一斉に流れ、皆が同じ思いを共有してたのを感じた。
「どういう状態なのでしょう?」
ファーレンの質問に、老ハティルは首を横に振った。
「…生きたまま死んでいる状態です、いえ、あれでは地獄におられるのかもしれない。」
メイファは立ち上がった。
目の前にランユウがいるとわかっているのに、ここでこうして話をしていても埒があかない。
「行くわ。どこ?」
「メイファ様!いけません。王城から派遣された医師が誰も入れようとしないのです。日に一回、着替えと下のお世話だけ許されますがそれ以外は入るな、と。」
メイファの目が闇の中で光った。
「誰も私の前に立ち塞がらないわ。」
その様子に腰をぬかさんばかりの老人をおいて、メイファはさっさと小屋をぬけ、本家の屋敷の裏口をがらりと開けた。
ランマオとファーレンが慌ててあとを追う。
ぷん、と異臭がした。
薬草を燻しているのか、それとも煮込んでいるのか?
妙な腐敗臭も感じる。
その匂いがもっとも強く感じられる部屋をみつけ、がらりと引き戸を開けた。
「誰だ!」
頭を坊主にした男が立ちふさがる。直前まで寝ていたようだ。
「ランユウはどこ?」
メイファは男の目を睨みつけた。
その勢いにのまれたかのように男は身体をひき、それから思いとどまってメイファの前に立ち塞がった。
「通すわけにいかない。感染する恐れのある熱病患者だ。ここから入ればお前もただじゃすまないぞ。」
「私はうつらないわ。」
話しているうちにファーレンと男たちが追いついた。
ファーレンは深々と頭を下げ、坊主に言った。
「王城のお偉い薬師さまとお見受けします。私たちはランユウさまのお世話のために里からやってまいりました。どうぞお取次ぎくださいませ。」
「あ、ああ…」
メイファの目を見つめていた坊主は何か催眠でもかかったようにふらふらと歩き出し、もうひとつの板戸を示した。
「ここだ。」
つづく。
Posted by 町田律子(pyo) at 07:00│Comments(2)
│大地の花
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第37話 「再会」板戸を開けて一歩入った途端、メイファは身体中を締め付けるような妙なエネルギーと、吐き気を催しそうなひどい臭気に囲まれた。「何…これ…」メイファは顔をしか...
大地の花37 再会【pyo's room】at 2011年08月03日 07:00
この記事へのコメント
ランユウ…ちばりよ!
Posted by ゆうおう at 2011年08月02日 08:04
●ゆうおうさん
応援ありがとうございますー。
応援ありがとうございますー。
Posted by pyo at 2011年08月02日 20:57
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。