2011年10月13日
大地の花67 王命
第67話 「王命」
「…よいな?ランユウ。」
「は。」
ヒオウ王は強い態度で強調し、ランユウは深々と頭を下げた。
今まで避けてきたが、逃げようがない。
公式な王命という形で出されてしまったのだ。
ランユウは謁見室を出て速足で廊下を歩き、城の端まで来て見晴らしの良い高台からこの島国の美しい風景を見下ろせる場所まで来ると、やっと、深い溜息を吐き出した。
「…父上…。」
リーファンが追いかけてきてそっと声をかけた。
リーファンは謁見室には入れないが、ランユウの随者として廊下で控えていた。
話は聞いているはずだ。
ランユウはゆっくりと振り返った。
「…メイファには言うな。」
「はい。でも…城に住んでいる以上、隠し通すことはできないんじゃ…。」
「…そうだな。」
ランユウは小さくうなずいた。
しばらくだまって遠くの景色を見つめる。
「リーファン。」
「はい。」
「メイファを…数日間城から連れ出してくれ。」
「…どこへ…どのように…?…出来るのでしょうか?」
ランユウは肯いた。
「やるしかない。」
「え?田舎に戻れるの?数日間?嬉しい!」
メイファは話をきいて素直に喜んだ。
王城に連れてこられてそのままになってしまったために、育った村の人たちに挨拶もしていない。
ずっと気になっていた。
それにいつか住むことになるだろうという東の半島の城もじっくりみてみたい。
「侍女のみなさんも一緒です。ずっとご家族と離れていたからいいだろうって特別に許可をいただきました。」
竜族の女性たちも喜んだ。
侍女として城に入って以来、彼女たちもまた夫や子どもと離れた日々を送っている。
買い物や用事を言いつけられた時など通行許可をとって城の外に交代で出ることはできたので、たまに交代で家族に会いに行くことはできたが、数日間一緒に過ごせるとなるとやはり嬉しい。
リーファンは正月前の休暇だ、と説明した。
年末から正月にかけて行事が続いて皆忙しくなる。
その前に鋭気を養っておくための休暇をもらったという形をランユウはとった。
「俺はいかん。」
盛り上がっている女性陣の横で黙って子どもの相手をしていたランユウはメイファの質問に答えて不機嫌そうに言った。
「城に詰めて会議だなんだと日程が目白押しだ。俺がいる代わりにお前が城を出られるように手続きしたんだ。楽しんでこい。」
数日後、メイファたち一同はリーファンが手配した馬車に乗って出発した。
一度街中に降りておみやげなどをわいわいと楽しく騒ぎながら購入し、そして北上する。
龍が出るという洞窟まで来ると、休憩することにした。
馬に水をやり、洞窟をのぞいてみる。
「本当に龍がいるの?」
メイファの質問に、同行していたジンルーが笑った。
「メイファさまなら判るんじゃないかと、ランユウさまと話したことがあるんですよ。」
メイファは洞窟を外から覗いたが、中は暗くて水がポタリポタリと落ちている。
入ろうという気はしなかったし、冒険する気もおきなかった。
そのまま洞窟の近くの木陰で持ってきたお弁当を広げて食べることにした。
楽しい食事がすすみ腹がくちくなってきた頃。
会話の中でリーファンの口が滑った。
「なん…ですって?もう一度いって!リーファン。」
メイファの箸が止まる。
リーファンはしまったという顔をし、ジンルーと目をあわせた。
睨みつける母の目にやがて覚悟を決めたように言った。
「…王さまの命令で…父上はずっと母上…紅花姫さまと実際には夫婦の契りを行なっていないから…今もそのままだと知って王さまがその約束を果たすようにって…。
中途半端だった婚儀の式を短縮してもう一度やりなおして…床入りの儀式とか色々…3日間の行事をするんだって…。
それ…終わるまで、お母さんは城にいないほうがいいだろう…って…。だから…あの…お母さん…」
ふるふるとメイファの肩が震え、リーファンは首をすくめた。
「…だからって…こんな騙すようなこと…!!
あのね!私が嫌なのは二人が夫婦だってことじゃなくて!
ランユウがこうやって私を信用してなくて、裏手回しばっかり先にするって事なのよ!!!」
怒りとともにメイファの白い龍神が空に舞い上がる。
同行していた竜族の者たちの龍もまた内部からうずき一緒に飛び上がろうとした。
だがそこでリーファンが手をバン!っと叩き、一瞬我に返ったように竜族のものたちの龍は身の内に戻る。
リーファンにはこうした能力があった。
メイファの爆発を抑えるような、皆のエネルギーを地につなぎとめ目をさまさせる力だ。
すーっ…と、メイファの龍も彼女の中に戻る。
ぽろり、とメイファの目から涙がこぼれ落ちた。
うわーん!とシェイオンが泣き出し、侍女たちがすぐにシェイオンを抱き上げる。
リーファンは母を慰めた。
うん、うん、と肯きながらもメイファの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、それは馬車にのって田舎の家につくまで続いた。
「ランユウのばか。」「ランユウの嘘つき。」
まるで呪文のようにぶつぶつとメイファはつぶやき続けた。
リーファンとジンルーはその夜こっそりと話した。
「やっぱり、ランユウさまがおっしゃった通りでしたね。」
「うん、父上があの洞窟の前なら龍神が飛んでても怪しまれないだろう、って言ったけどその通りだった。 お母さんの事を一番理解しているのはやっぱり父上だね。」
リーファンはほっとした溜息をついた。
「うまく行くといいなぁ。父上がお母さんには身分上の事話すなって言ってたけど、今回のこの話の発端だよね。話しちゃだめかなぁ。」
「ええ、そうですね。しかし城の中のメイファさまへの扱いは…公式の扱いの方はもしかしたらお知らせしないほうがいいのではないかと…」
ランユウはメイファを正式な側室として認めて欲しいと希望を出していた。
いまメイファの地位は宙ぶらりんな状態で、公式にはランユウの側女(そばめ)扱い、夜伽の相手…程度の扱いだ。
それは城の女官、紅花姫の侍女たちよりも地位がはるかに低いものだった。
そしてメイファの侍女たちもランユウが個人的に雇った者たちであり、女官たちからみると下女たちという扱いをされてしまう。
これが正式にランユウの側室とその侍女たちとなれば、扱いはぐんと変わる。
そうして側室の地位まで引き上げた後、第二妃にまであげられるチャンスをランユウはどうにかして作るつもりだった。
ヒオウ王はこの許可を出す代わりに、その前に正妃を形だけでなく実での妻とするようにと弟に求めたのだ。
しかし。
どうも父上は母上が嫌いなんじゃないかなぁ?
とリーファンは考えていた。
ランユウは紅花姫の顔をまともに見ようとしない。
必要最低限の用事以外は、リーファンを使いに出す。
そして紅花姫もまた、そんなランユウに対しツンとした態度で接していた。
「だからこそ王さまも心配されて、わざわざ王命をおろされたのでしょう。」
ジンルーの言葉になるほどと思った。
つづく。
リーファンが追いかけてきてそっと声をかけた。
リーファンは謁見室には入れないが、ランユウの随者として廊下で控えていた。
話は聞いているはずだ。
ランユウはゆっくりと振り返った。
「…メイファには言うな。」
「はい。でも…城に住んでいる以上、隠し通すことはできないんじゃ…。」
「…そうだな。」
ランユウは小さくうなずいた。
しばらくだまって遠くの景色を見つめる。
「リーファン。」
「はい。」
「メイファを…数日間城から連れ出してくれ。」
「…どこへ…どのように…?…出来るのでしょうか?」
ランユウは肯いた。
「やるしかない。」
「え?田舎に戻れるの?数日間?嬉しい!」
メイファは話をきいて素直に喜んだ。
王城に連れてこられてそのままになってしまったために、育った村の人たちに挨拶もしていない。
ずっと気になっていた。
それにいつか住むことになるだろうという東の半島の城もじっくりみてみたい。
「侍女のみなさんも一緒です。ずっとご家族と離れていたからいいだろうって特別に許可をいただきました。」
竜族の女性たちも喜んだ。
侍女として城に入って以来、彼女たちもまた夫や子どもと離れた日々を送っている。
買い物や用事を言いつけられた時など通行許可をとって城の外に交代で出ることはできたので、たまに交代で家族に会いに行くことはできたが、数日間一緒に過ごせるとなるとやはり嬉しい。
リーファンは正月前の休暇だ、と説明した。
年末から正月にかけて行事が続いて皆忙しくなる。
その前に鋭気を養っておくための休暇をもらったという形をランユウはとった。
「俺はいかん。」
盛り上がっている女性陣の横で黙って子どもの相手をしていたランユウはメイファの質問に答えて不機嫌そうに言った。
「城に詰めて会議だなんだと日程が目白押しだ。俺がいる代わりにお前が城を出られるように手続きしたんだ。楽しんでこい。」
数日後、メイファたち一同はリーファンが手配した馬車に乗って出発した。
一度街中に降りておみやげなどをわいわいと楽しく騒ぎながら購入し、そして北上する。
龍が出るという洞窟まで来ると、休憩することにした。
馬に水をやり、洞窟をのぞいてみる。
「本当に龍がいるの?」
メイファの質問に、同行していたジンルーが笑った。
「メイファさまなら判るんじゃないかと、ランユウさまと話したことがあるんですよ。」
メイファは洞窟を外から覗いたが、中は暗くて水がポタリポタリと落ちている。
入ろうという気はしなかったし、冒険する気もおきなかった。
そのまま洞窟の近くの木陰で持ってきたお弁当を広げて食べることにした。
楽しい食事がすすみ腹がくちくなってきた頃。
会話の中でリーファンの口が滑った。
「なん…ですって?もう一度いって!リーファン。」
メイファの箸が止まる。
リーファンはしまったという顔をし、ジンルーと目をあわせた。
睨みつける母の目にやがて覚悟を決めたように言った。
「…王さまの命令で…父上はずっと母上…紅花姫さまと実際には夫婦の契りを行なっていないから…今もそのままだと知って王さまがその約束を果たすようにって…。
中途半端だった婚儀の式を短縮してもう一度やりなおして…床入りの儀式とか色々…3日間の行事をするんだって…。
それ…終わるまで、お母さんは城にいないほうがいいだろう…って…。だから…あの…お母さん…」
ふるふるとメイファの肩が震え、リーファンは首をすくめた。
「…だからって…こんな騙すようなこと…!!
あのね!私が嫌なのは二人が夫婦だってことじゃなくて!
ランユウがこうやって私を信用してなくて、裏手回しばっかり先にするって事なのよ!!!」
怒りとともにメイファの白い龍神が空に舞い上がる。
同行していた竜族の者たちの龍もまた内部からうずき一緒に飛び上がろうとした。
だがそこでリーファンが手をバン!っと叩き、一瞬我に返ったように竜族のものたちの龍は身の内に戻る。
リーファンにはこうした能力があった。
メイファの爆発を抑えるような、皆のエネルギーを地につなぎとめ目をさまさせる力だ。
すーっ…と、メイファの龍も彼女の中に戻る。
ぽろり、とメイファの目から涙がこぼれ落ちた。
うわーん!とシェイオンが泣き出し、侍女たちがすぐにシェイオンを抱き上げる。
リーファンは母を慰めた。
うん、うん、と肯きながらもメイファの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、それは馬車にのって田舎の家につくまで続いた。
「ランユウのばか。」「ランユウの嘘つき。」
まるで呪文のようにぶつぶつとメイファはつぶやき続けた。
リーファンとジンルーはその夜こっそりと話した。
「やっぱり、ランユウさまがおっしゃった通りでしたね。」
「うん、父上があの洞窟の前なら龍神が飛んでても怪しまれないだろう、って言ったけどその通りだった。 お母さんの事を一番理解しているのはやっぱり父上だね。」
リーファンはほっとした溜息をついた。
「うまく行くといいなぁ。父上がお母さんには身分上の事話すなって言ってたけど、今回のこの話の発端だよね。話しちゃだめかなぁ。」
「ええ、そうですね。しかし城の中のメイファさまへの扱いは…公式の扱いの方はもしかしたらお知らせしないほうがいいのではないかと…」
ランユウはメイファを正式な側室として認めて欲しいと希望を出していた。
いまメイファの地位は宙ぶらりんな状態で、公式にはランユウの側女(そばめ)扱い、夜伽の相手…程度の扱いだ。
それは城の女官、紅花姫の侍女たちよりも地位がはるかに低いものだった。
そしてメイファの侍女たちもランユウが個人的に雇った者たちであり、女官たちからみると下女たちという扱いをされてしまう。
これが正式にランユウの側室とその侍女たちとなれば、扱いはぐんと変わる。
そうして側室の地位まで引き上げた後、第二妃にまであげられるチャンスをランユウはどうにかして作るつもりだった。
ヒオウ王はこの許可を出す代わりに、その前に正妃を形だけでなく実での妻とするようにと弟に求めたのだ。
しかし。
どうも父上は母上が嫌いなんじゃないかなぁ?
とリーファンは考えていた。
ランユウは紅花姫の顔をまともに見ようとしない。
必要最低限の用事以外は、リーファンを使いに出す。
そして紅花姫もまた、そんなランユウに対しツンとした態度で接していた。
「だからこそ王さまも心配されて、わざわざ王命をおろされたのでしょう。」
ジンルーの言葉になるほどと思った。
つづく。
Posted by 町田律子(pyo) at 07:00│Comments(2)
│大地の花
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第68話 「儀式」準備された儀式は城の奥の一画だけのこじんまりとしたもの。公にはすでに20年前に済ませてある行事の一部を再びやり直す形になるため、関係者だけで粛々と進めら...
大地の花68 儀式【pyo's room】at 2011年10月14日 07:00
この記事へのコメント
なるほど、それで洞窟(笑)すっかりスケジュール通りに進行しちゃうメイファが愛しいです(笑)
口を割られたように見せかけてうまくできたリーファン、成長してますね
紅花姫が自分の周りに作っていた壁が、消えていけばいいな♪
口を割られたように見せかけてうまくできたリーファン、成長してますね
紅花姫が自分の周りに作っていた壁が、消えていけばいいな♪
Posted by ちょこ at 2011年10月13日 08:42
●ちょこさん
すっかりスケジュール通りの進行。
確かに。^^
すっかりスケジュール通りの進行。
確かに。^^
Posted by pyo at 2011年10月14日 00:10
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。