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2011年11月28日

大地の花84 魔除けの弦

第84話 「魔除けの弦」


「メイファさまは先程の騒ぎで産気づきました。」
侍女の言葉に、着替えていたランユウは「そうか。」と答えた。

出産が始まったと聞いても、心は晴れない。
産室に入ってしまえば男は不浄のものとして会うこともできない。

着替えを終えるとすぐに紅花の様子を見ようと廊下に出た。

足を止める。
空には黒々とした雲が垂れこめていた。だが雨が振りそうな感じはしない。

ランユウは龍の目を通じて雨雲を見つめ、悲しんでいる場合ではない、と気づいた。

「リーファン。」
厳しい表情で、後ろで目を赤くしながら控えている息子に言った。
「何人か呼んで、交代で弦を鳴らしてくれ。メイファの出産が終わるまで、魔をここに入れるな。」

はっとしてリーファンの気が引き締まる。
「は!」
ドタドタと身体の大きなリーファンの足音が去ってゆき、ランユウは急いで紅花の部屋へ向かった。

大地の花84 魔除けの弦


「どうだ、容態は。」
ランユウが入っていくと、治療に当たっていた医師たちや侍女たちが頭を下げた。

部屋は出入りが多いため隣の部屋との間を開け放してある。
敷かれた寝具に横たわる妃の顔色は悪く、まだ意識は戻っていなかった。

「何とか命は取り留めたようですが、お身体が死人のように冷たく、このままでは…」

ランユウの医者嫌いは有名だ。
医師たちはただでさえ殺気立っているランユウを前に震え上がり、たどたどしく説明を始めた。

ランユウはそれを聞きながら紅花姫の顔色を傍でみて、身体に触れた。
確かに体温が低い。

じろり、と医師たちを見る。
「…出て行け。」
その低い声と睨みに震え上がりながらも、一人の医師が「…それはできませ…」と言いかけた。

ランユウはその言葉を無視し、その場で着物を脱いだ。
侍女たちがはっとして顔をそむける。

「ランユウさま、何を…!」
「肌で温める。漁師たちのやり方だ。」

ランユウは紅花姫の布団をめくると着物を開き、肌と肌を合わせた形で自分も横になった。
身体をぴったりと合わせながら、背中をさする。

その様子をみた侍女たちが慌てて部屋から出ていき、医師たちも後を追った。
部屋の戸が全てきっちりと締められる。

「美舞、湯たんぽを準備させてくれ。メイファのところにあるはずだ。それと部屋を暖めるように。」
隣の部屋で控えている紅花姫の侍女に声をかけた。

「湯たんぽ…といいますと?」
「羊の皮袋だ。湯をいれて足のあたりに入れるんだ。西国から昔取り寄せたのがまだあったはずだ。」

「承知しました。」
静かな足音が遠ざかってゆく。


ランユウは静かになった部屋の中で、妃の顔をじっと見つめた。
「紅花…」
小さく声をかける。反応はなかった。

だが息はある。
戻ってくれ…と祈る気持ちで抱きしめた。


昔、死にかけた俺をメイファは何度も生き返らせた。
あれはどうやったんだろう…と、記憶を何度もたぐる。

だが意識がないか朦朧としていたという記憶しか思い出せない。


ビーン、ビーン、ビーン…

中庭で弓を鳴らす音が聞こえていた。
その音から強弓が鳴らされている、とわかる。リーファンだ。

少し外が明るくなった気がする。
魔除けの弦の音で黒雲が去ったのなら、それでいい。



「…ランユウさま…」
「入れ。」
侍女たちが湯たんぽや火鉢を持ってきた。

部屋の中が暖まり、紅花の足元に入れた湯たんぽが布団の中をゆっくりと暖める。

まだ秋口の南の島のこと、ランユウ自身は暑いと感じたが紅花姫の身体はまだ冷たい。
だが、少しは体温が上がったようだ。

ランユウは背中にあてていた手を腰に回して、まだ皮膚が冷たい場所を探した。





はっと目が覚めた。
寝てたのか、と思う。

外は夕焼けの赤い色がうっすら差し込んでいた。
そろそろ日没だ。

おぎゃー!
と小さく赤子のなく声が聞こえ、ずっと鳴っていた弦の音が止まった。

元気な声にほっとする。


「…父上。」
閉められた戸のむこう、廊下からリーファンの潜めた声が聞こえた。
「産まれたか。」
「はい、男の子だそうです。」
「そうか。」

よくやった、メイファ。

ランユウは心の中で声をかけた。
そして産まれた瞬間に生きることが叶わなかった娘のことを想う。


すぐにその想いを閉めだし、腕の中にいる妃の様子を確認した。

身体はもう、冷たくない。
いやそれどころか少し熱があるようだ。

ランユウは紅花姫をそっと寝かせ、着物をきちんと着せると引き戸の向こうに声をかけた。

「美舞、いるか。」
「はい、ランユウさま。」

ずっと控えていたのだろう、乾いた声がした。

「白湯を持ってきてくれ。喉が渇いた。」
「承知いたしました。」

白湯と、灯りが持ち込まれた。
部屋の中は既に真っ暗になっている。

ランユウは白湯を飲み、二口目は紅花姫を抱き上げて口移しで飲ませた。
白湯が喉を通り、うっすらと目を開く。

「姫さま!」
傍にいた美舞が泣きそうな声で言った。
緊張が解け、崩れんばかりだ。

「目が覚めたか。気分はどうだ。声は出るか。」
ランユウの声に定まらない様子だった視線が定まり、紅花姫の目が見開かれる。

「…わたし…」
唇は動いたが、声が出ていなかった。

ランユウは紅花姫を助け起こすと、その背を支えたまま唇に容器をあてて白湯を飲むように促した。
幼子のように大人しく白湯を飲み、紅花姫は少し震えた。

寒いか、と抱きしめると驚いた目で振り返る。
ランユウはその背にもう一枚の打ち掛けをかけてやり、額に手をあてた。

「熱が出ている。薬を飲んで今夜は静かに寝るんだ。何も考えるな。いいな。」

驚いたような表情でランユウを見つめていた紅花姫は、やがて重大な異変に気がついた。
自らのお腹に手をやり、そしてつぶやく。

「…赤ちゃんが…」


アーン、アーン、アーン…と、赤子の泣き声がした。
メイファめ、何をやってるんだと思う。

すると紅花姫がつぶやいた。
「産まれたのね。私、覚えてないけど…ちゃんと産まれたんですね。」

その場にいた者たちは何のことかと思った。

紅花姫は、新たに産まれた赤子を自分の子だと思ったのだった。


つづく。



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大地の花85 泣き声【pyo's room】at 2011年11月28日 17:47
この記事へのコメント
紅花の意識が戻って少しホッとしました

でも赤ちゃんのことを伝えたら倒れないかしらとハラハラ…。

リーファンと弓は頼もしいなメイファは出産無事で何よりです
Posted by ちょこ at 2011年11月28日 09:12
なんだか…嫌な予感が(:_;)
先読みしたくなってしまう〜
まさか、まさかだけど、メイファの産んだ赤ちゃんを紅花姫の子として育てたりとか、しないですよね〜??
Posted by のんにゃん at 2011年11月28日 12:43
●ちょこさん
リーファン、徐々に力を付けてきていますよ~。

●のんにゃんさん
先読みしてますね~。
実は私もそう読んだんですが
場面が3つくらいに別れてみえてきたので
つづきは思考せずに書きたいと思います。^^;
Posted by pyopyo at 2011年11月28日 16:55
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。
 
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