2011年12月04日
大地の花87 王との話
第87話 「王との話」
ランユウは、弟として王のプライベートルームでの面会を申し込んだ。
前の城では子供の頃にも遊んだ中庭で、よく会っていたものだった。
だが今の王さまはどうだろう。
この城に来てからというもの、そして死んだとされていたランユウがいきなり現れてからというもの、兄王とランユウの間には少し余所余所しさがあるのを、お互い感じていた。
「ランユウ、紅花が産んだ子をどうした。」
王はランユウの訪れを歓迎し酒と肴を持ってこさせたあと、人払いしてこう切り出した。
まだ午後は早い。
長い午後になりそうだ、とランユウは感じた。
「水で産まれ水に死んだ子。龍神の導きで水に還しました。」
ランユウは薦められるままに盃をとり、ぐいっと酒を飲み干した。
胃に酒の熱さが流れていく。
酒は、神に捧げられるもの。
この時代、この島では口噛み酒が殆どで、こうした貴重な酒を気軽に飲めるのは王さまぐらいだ。
島中から捧げられた酒が王城の蔵には貯蔵されていた。
「東の海に漕ぎ出したと聞いた。海に流したのか。」
「龍神を追い、ここと示された場所に流しました。」
「勿体無い事を。」
ち、と舌を鳴らすように言った兄王の様子に、ランユウは顔をあげた。
「孫を食らうおつもりでしたか。」
ランユウの顔を見たヒオウ王は、ふん、と鼻息を荒くしながら盃をあけた。
ランユウは王の盃に新たな一杯を注ぎ込んだ。
「我が天孫の家に伝わる貴重な秘伝よ。王族なればこそじゃ。
お前と紅花の子ならばなおさら、その若き命を継ぐためにきちんと食してやらねばならん。」
王族である天孫族だけに伝わる秘伝。
それは、生きたものの価値ある部分を、その死体を食べることで生きたものが受け継ぐ、というものであった。
人より長く生きた者からはその長命をいただく。
人より極端に若く死んだ者からは、その残された命、若さをいただく。
人より抜きん出た所があった者も、その対象となるが
病などで死んだ者は対象とはならない。
食べるのは、ある程度育ったものであれば肝だけだ。
これを秘伝の方法で取り出し、秘伝として伝わる調理法でいただく。
だが赤子の場合はまるまる調理されてしまう。
ランユウはそれを避けて娘を海に流したのだった。
ランユウはいつか己もこのいつまでも続く若さのゆえに、子孫に食われるのかと苦々しく思っていた。
だが、素直に育ったリーファンを見ていると、少なくともわが子たちにはこの話を伝えることはすまい、と堅く決心する。
父を食べることは…恐らくリーファンにとっては精神を壊すほどの事となろう。
それならば、誰を食べることなく生まれ育った自分だけの力で生き抜いていけばよい。
ランユウはそう考えていたし、己の人生もそうあるべきと考えていた。
ランユウは一度だけ、身内の肝を口にしたことがある。
それは父王が亡くなった時だった。
遺言により、誰が食すか決められていたという。
呼び出され、兄と二人、出された皿の上からそっと口に運んだが、ランユウは口に入れる事ができなかった。
体中の気が逆流し、吐き、腹痛に襲われ高熱を出した。
そのまま医師の手当を受けるほどとなり、結局、兄王がすべて食したと聞いている。
その時は己の弱さかと考えた。
だが数日後、熱がひいてふらふらの状態で守護家に戻った時、義母がこう言ったことが、ランユウを救ってくれた。
「ランユウ、あなたは先の王さまよりもきっと長生きする運命。だから食す必要はなかったのでしょう。」
ランユウは顔を伏せて己の手の中の盃に揺れる酒を見つめた。
「あの子は…紅花の代わりに魔物に食されし者。
兄上の食には向きませんでした。」
「魔物じゃと?」
ヒオウ王は驚いて体を起こした。
「それはどういう事じゃ。王城に魔物が入り込んだというのか?!」
「魔物の姿をこの目ではっきりと見ました。
紅花はその魔物に追われ、逃げようとして井戸に落ちたのです。」
「なんと…。そんな事はありえん。この城の祈りの者たちは何をしておるのじゃ!」
「その祈の者が引き込んだのかもしれないのです。」
「どういう事じゃ!」
「魔物の姿で現れたのは…百度(ももと)さまでした。」
ヒオウ王の動きが止まった。
酒も消えたように青ざめて、つぶやく。
「百度…じゃと?」
しばらく、ヒオウ王はじっとランユウの顔を見つめていた。
その顔は蒼白だ。
「わが妃が…まさかそんなこと…」
ランユウもまた青い顔で、手の中の盃をじっと見つめている。
ヒオウ王はうろたえたように黙りこみ、二人の間を沈黙が流れた。
つづく。
グロな話でごめんなさいね~。
これ書くかどうするか、ず~~~~~~~っと迷って引き伸ばしてたんですが、背中押されちゃう事がありまして。
千年前の常識は今とは全然違うものだ、としてお受け取りください。m(__)m
いつまでも残るようなら、イメージワークで浮かんできたイメージとの繋がりを切ってくっださいね~。
王はランユウの訪れを歓迎し酒と肴を持ってこさせたあと、人払いしてこう切り出した。
まだ午後は早い。
長い午後になりそうだ、とランユウは感じた。
「水で産まれ水に死んだ子。龍神の導きで水に還しました。」
ランユウは薦められるままに盃をとり、ぐいっと酒を飲み干した。
胃に酒の熱さが流れていく。
酒は、神に捧げられるもの。
この時代、この島では口噛み酒が殆どで、こうした貴重な酒を気軽に飲めるのは王さまぐらいだ。
島中から捧げられた酒が王城の蔵には貯蔵されていた。
「東の海に漕ぎ出したと聞いた。海に流したのか。」
「龍神を追い、ここと示された場所に流しました。」
「勿体無い事を。」
ち、と舌を鳴らすように言った兄王の様子に、ランユウは顔をあげた。
「孫を食らうおつもりでしたか。」
ランユウの顔を見たヒオウ王は、ふん、と鼻息を荒くしながら盃をあけた。
ランユウは王の盃に新たな一杯を注ぎ込んだ。
「我が天孫の家に伝わる貴重な秘伝よ。王族なればこそじゃ。
お前と紅花の子ならばなおさら、その若き命を継ぐためにきちんと食してやらねばならん。」
王族である天孫族だけに伝わる秘伝。
それは、生きたものの価値ある部分を、その死体を食べることで生きたものが受け継ぐ、というものであった。
人より長く生きた者からはその長命をいただく。
人より極端に若く死んだ者からは、その残された命、若さをいただく。
人より抜きん出た所があった者も、その対象となるが
病などで死んだ者は対象とはならない。
食べるのは、ある程度育ったものであれば肝だけだ。
これを秘伝の方法で取り出し、秘伝として伝わる調理法でいただく。
だが赤子の場合はまるまる調理されてしまう。
ランユウはそれを避けて娘を海に流したのだった。
ランユウはいつか己もこのいつまでも続く若さのゆえに、子孫に食われるのかと苦々しく思っていた。
だが、素直に育ったリーファンを見ていると、少なくともわが子たちにはこの話を伝えることはすまい、と堅く決心する。
父を食べることは…恐らくリーファンにとっては精神を壊すほどの事となろう。
それならば、誰を食べることなく生まれ育った自分だけの力で生き抜いていけばよい。
ランユウはそう考えていたし、己の人生もそうあるべきと考えていた。
ランユウは一度だけ、身内の肝を口にしたことがある。
それは父王が亡くなった時だった。
遺言により、誰が食すか決められていたという。
呼び出され、兄と二人、出された皿の上からそっと口に運んだが、ランユウは口に入れる事ができなかった。
体中の気が逆流し、吐き、腹痛に襲われ高熱を出した。
そのまま医師の手当を受けるほどとなり、結局、兄王がすべて食したと聞いている。
その時は己の弱さかと考えた。
だが数日後、熱がひいてふらふらの状態で守護家に戻った時、義母がこう言ったことが、ランユウを救ってくれた。
「ランユウ、あなたは先の王さまよりもきっと長生きする運命。だから食す必要はなかったのでしょう。」
ランユウは顔を伏せて己の手の中の盃に揺れる酒を見つめた。
「あの子は…紅花の代わりに魔物に食されし者。
兄上の食には向きませんでした。」
「魔物じゃと?」
ヒオウ王は驚いて体を起こした。
「それはどういう事じゃ。王城に魔物が入り込んだというのか?!」
「魔物の姿をこの目ではっきりと見ました。
紅花はその魔物に追われ、逃げようとして井戸に落ちたのです。」
「なんと…。そんな事はありえん。この城の祈りの者たちは何をしておるのじゃ!」
「その祈の者が引き込んだのかもしれないのです。」
「どういう事じゃ!」
「魔物の姿で現れたのは…百度(ももと)さまでした。」
ヒオウ王の動きが止まった。
酒も消えたように青ざめて、つぶやく。
「百度…じゃと?」
しばらく、ヒオウ王はじっとランユウの顔を見つめていた。
その顔は蒼白だ。
「わが妃が…まさかそんなこと…」
ランユウもまた青い顔で、手の中の盃をじっと見つめている。
ヒオウ王はうろたえたように黙りこみ、二人の間を沈黙が流れた。
つづく。
グロな話でごめんなさいね~。
これ書くかどうするか、ず~~~~~~~っと迷って引き伸ばしてたんですが、背中押されちゃう事がありまして。
千年前の常識は今とは全然違うものだ、としてお受け取りください。m(__)m
いつまでも残るようなら、イメージワークで浮かんできたイメージとの繋がりを切ってくっださいね~。
Posted by 町田律子(pyo) at 13:00│Comments(5)
│大地の花
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第88話 「紅花の想い」ガタン、と音がした。メイファは顔をあげた。廊下に人がいるような気はするが、近づいてくる様子はない。なんだろう?と、顔を合わせた相手は紅花姫だ。メイ...
大地の花88 紅花の想い【pyo's room】at 2011年12月11日 07:00
この記事へのコメント
亡くなった偉大な人や能力ある者を食べるって話は、広く見ればよくある話ですよね。琉球でもそういう事があったのか〜と読みました。
私は話自体はそんなに抵抗はないですが…うちの婆ちゃんとかは毛嫌いする話ですね(^^;;;)
でも自分の子が誰かに食われるとか想像すると、それはちょっと避けたい状況だな〜と思うので、ランユウの気持ちもわかる気がします…。
どうしても?って事態なら、自分のオットの肉ならなんとかいけそうかな?とも思ったり(笑)(オットの肉はおいしそうだな〜と^^;)(←オット本人は「オレが死んだらカルシウムふりかけに加工してくれ」と言ってますが^^;)
私は話自体はそんなに抵抗はないですが…うちの婆ちゃんとかは毛嫌いする話ですね(^^;;;)
でも自分の子が誰かに食われるとか想像すると、それはちょっと避けたい状況だな〜と思うので、ランユウの気持ちもわかる気がします…。
どうしても?って事態なら、自分のオットの肉ならなんとかいけそうかな?とも思ったり(笑)(オットの肉はおいしそうだな〜と^^;)(←オット本人は「オレが死んだらカルシウムふりかけに加工してくれ」と言ってますが^^;)
Posted by ちょこ at 2011年12月04日 14:15
私は抵抗はありませんが、自分に置き換えるとなると、確かに嫌かも(苦笑)
それだけ生きるのにも大変な時代だったのかな?
それだけ生きるのにも大変な時代だったのかな?
Posted by ネコ長 at 2011年12月04日 23:56
●ちょこさん
コメントありがとです~。
ずいぶん長いこと迷ってたんですよ、この話。
沖縄にも兵士たちが仲間の肉を食ったという記述と、それは嘘だという記述と、両方あるそうです。
でもそれ読んだ時にありありと場面が浮かんだのよね私…高校生の頃だったかな。
想像だと思ってたけど、リアル感あるからその場にいたのかも。。。^^;
●ネコ長さん
生きるのにも大変なところや時代では、あったかもしれませんね。
ただ天孫氏の王族の場合は、これは当てはまらないと思います~。
コメントありがとです~。
ずいぶん長いこと迷ってたんですよ、この話。
沖縄にも兵士たちが仲間の肉を食ったという記述と、それは嘘だという記述と、両方あるそうです。
でもそれ読んだ時にありありと場面が浮かんだのよね私…高校生の頃だったかな。
想像だと思ってたけど、リアル感あるからその場にいたのかも。。。^^;
●ネコ長さん
生きるのにも大変なところや時代では、あったかもしれませんね。
ただ天孫氏の王族の場合は、これは当てはまらないと思います~。
Posted by pyo at 2011年12月05日 01:02
わわわ・・・。 ちょっと気分が(汗)
でもpyoさんが最近記事に書かれている、エネルギーの再利用と繋がってますよね。
アストラルエネルギーとかより、ちょっと具体的過ぎてグロイですが(^^;)
いや~読むタイミング今で良かったぁ~。
私も意外と平気な方だと思ってたんですが、時と場合によるのかもです。
でもpyoさんが最近記事に書かれている、エネルギーの再利用と繋がってますよね。
アストラルエネルギーとかより、ちょっと具体的過ぎてグロイですが(^^;)
いや~読むタイミング今で良かったぁ~。
私も意外と平気な方だと思ってたんですが、時と場合によるのかもです。
Posted by のんにゃん at 2011年12月05日 11:46
●のんにゃんさん
すみませ~ん。
エネルギーの再利用…なるほどそうですね。
確かに具体的すぎるかも。(ーー;
実はこのテーマ、まだ続くんですこの物語…。
すみませ~ん。
エネルギーの再利用…なるほどそうですね。
確かに具体的すぎるかも。(ーー;
実はこのテーマ、まだ続くんですこの物語…。
Posted by pyo at 2011年12月05日 14:32
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。