2010年12月10日
夢希58 地球へ
夢希58 「地球へ」
結婚式の朝。
早朝、陽が昇る前にそっと隣の部屋を脱け出した夢希の足音をきいてズノーは目を開きました。
ズノーを起こさないようにと静かに廊下を歩く夢希の足音を部屋のドア越しに聞きながら、ズノーは今さらながら決心がついていない堂々巡りに答えを出さないといけない時が近づいてるのを感じます。
ぱたん、と静かにドアが閉まりました。
長城の中心部にいくポータルだ、と、ズノーは思い、夜明け前の長城の寒さを思って起き上がりました。

長城はゆるやかなY字につながる細長いレンガ造りの道。
伽羅弧を貫く高い峰を端から端までつないであります。
中心にあるボックスのようなからっぽの倉庫をよけて少し北側に移動すると、手摺の高さになるレンガの向こうに壮大な景色が広がっています。
東にエリア2の広大な世界。
西にエリア1の壮言な世界。
いまは上りくる朝日の最初の一条の光をうけて、
夢希は姫巫女としての朝の祈りの歌を歌い始めていました。
山の斜面を吹き上げてきた冷たい風が姫巫女のベールを揺らし、髪とともに舞い上がります。
歌とともに強くなってくる朝日に照らされた夢希の横顔を倉庫の影からそっと見つめていたズノーは、はっとしました。
一瞬、風にとばされそうになったベールを手でそっと抑えた夢希の姿が、同じような仕草で自分の髪を抑えた有りし日のドリの姿と重なりました。
その瞬間、ズノーの記憶の中のドリが薄れてゆきます。
子どもの頃のドリ、少女のドリ、宇宙学校に入ったもののカリキュラムについていけないと泣いていたドリ…
想い出のドリの姿や表情が、気がつくと夢希の姿と重なり。
ズノーの中で夢希が大きく存在しているのを自ら感じ取ったズノーは、ふっと力を抜いて笑みを浮かべました。
『何をこだわっていたんだろうな…』
自暴自棄に荒んだドリではなく
未来を想い輝いてるドリをみたかった…
それはまごうことなく彼自身の願いであり、祈りであったことをズノーは思い出したのです。
そしてその彼の祈りが実現した姿が、ドリが、
夢希という存在として彼の前に立っていることを彼は認めたのでした。
祈りの歌を歌い終わった夢希は、ふぅー っと長い息を吐きました。
すでに陽はエリア2の各地域を照らし、一日が始まっています。
そしてそろそろエリア1にも長城を超えた朝日が差し込んできていました。
ズノーは歌い終わった夢希に近づくと、毛布でそっとくるみました。
祈りの間に冷え切った体を毛布ごしに抱きしめて暖めながら
ズノーは夢希に言いました。
「…いまさらだが。本音を言うよ。」
少し不安そうな瞳が振り返ります。
ズノーは続けました。
「愛してる。僕の妻になってくれ。」
夢希の顔がぱっとかがやき、二人は熱く抱きあって唇を重ねました。
ズノーは心からの望みを伝えました。
「ここで…帰りをまっていてくれ。」
「いいえ。」
夢希はすぐにこたえました。
「一緒にいくわ。…あなたの妻の役割は、私しかできないもの。
ねぇ、ドリが何度もあなたに言ったわ。
“私に星をちょうだい”って。覚えてる?」
一瞬、ズノーの瞳が古い傷に触れて苦しみが浮上してきたように揺れました。
「ああ。だが俺は何一つ持っていない流浪の者だ。
昔からどんなにねだれてもドリにあげるものは何一つ俺は持ってなかったんだ。
そして今もそうだ。
君に故郷の星を提供できたのは路だ。俺じゃない。」
そうじゃないの、と、夢希は微笑みました。
「あなたは、私に地球をくれるわ。」
ザバン!
襲ってきた洪水、そして巻き込まれて流された水の中。
アトランティス人のユキは、沈みゆく大地と大勢の巻き込まれた者たちが放つ阿鼻叫喚の中でさらなる恐怖へ突き落とされていました。
『ザロ!!』
必死に、夫の名を呼び、姿を求めます。
溺れながらも青い空を見上げて、彼が来るはずの空の向こうを捜しました。
助けに来てくれるはず、助けに来るはず…!!!
海水を飲み、激しくせき込むとそれによりさらに海水が口に入ってきます。
パニックを起こして手足をばたつかせながらも、ユキの頭のどこかでは冷静な意識が残り、結婚したばかりの夫のことを必死に考えていました。
いいえ…彼はパイロットだもの。
いまごろレスキューの船を飛ばしているに違いない。
でも私の救出には間に合わない…。
ユキは薄れていく意識の中から、夫のことを思い、結婚式に祝福してくれたみんなの笑顔を思い、そして…
わたし、こうなることを知っていた気がする…
彼女は静かに水底に沈んでいきました。
つづく。
伽羅弧を貫く高い峰を端から端までつないであります。
中心にあるボックスのようなからっぽの倉庫をよけて少し北側に移動すると、手摺の高さになるレンガの向こうに壮大な景色が広がっています。
東にエリア2の広大な世界。
西にエリア1の壮言な世界。
いまは上りくる朝日の最初の一条の光をうけて、
夢希は姫巫女としての朝の祈りの歌を歌い始めていました。
山の斜面を吹き上げてきた冷たい風が姫巫女のベールを揺らし、髪とともに舞い上がります。
歌とともに強くなってくる朝日に照らされた夢希の横顔を倉庫の影からそっと見つめていたズノーは、はっとしました。
一瞬、風にとばされそうになったベールを手でそっと抑えた夢希の姿が、同じような仕草で自分の髪を抑えた有りし日のドリの姿と重なりました。
その瞬間、ズノーの記憶の中のドリが薄れてゆきます。
子どもの頃のドリ、少女のドリ、宇宙学校に入ったもののカリキュラムについていけないと泣いていたドリ…
想い出のドリの姿や表情が、気がつくと夢希の姿と重なり。
ズノーの中で夢希が大きく存在しているのを自ら感じ取ったズノーは、ふっと力を抜いて笑みを浮かべました。
『何をこだわっていたんだろうな…』
自暴自棄に荒んだドリではなく
未来を想い輝いてるドリをみたかった…
それはまごうことなく彼自身の願いであり、祈りであったことをズノーは思い出したのです。
そしてその彼の祈りが実現した姿が、ドリが、
夢希という存在として彼の前に立っていることを彼は認めたのでした。
祈りの歌を歌い終わった夢希は、ふぅー っと長い息を吐きました。
すでに陽はエリア2の各地域を照らし、一日が始まっています。
そしてそろそろエリア1にも長城を超えた朝日が差し込んできていました。
ズノーは歌い終わった夢希に近づくと、毛布でそっとくるみました。
祈りの間に冷え切った体を毛布ごしに抱きしめて暖めながら
ズノーは夢希に言いました。
「…いまさらだが。本音を言うよ。」
少し不安そうな瞳が振り返ります。
ズノーは続けました。
「愛してる。僕の妻になってくれ。」
夢希の顔がぱっとかがやき、二人は熱く抱きあって唇を重ねました。
ズノーは心からの望みを伝えました。
「ここで…帰りをまっていてくれ。」
「いいえ。」
夢希はすぐにこたえました。
「一緒にいくわ。…あなたの妻の役割は、私しかできないもの。
ねぇ、ドリが何度もあなたに言ったわ。
“私に星をちょうだい”って。覚えてる?」
一瞬、ズノーの瞳が古い傷に触れて苦しみが浮上してきたように揺れました。
「ああ。だが俺は何一つ持っていない流浪の者だ。
昔からどんなにねだれてもドリにあげるものは何一つ俺は持ってなかったんだ。
そして今もそうだ。
君に故郷の星を提供できたのは路だ。俺じゃない。」
そうじゃないの、と、夢希は微笑みました。
「あなたは、私に地球をくれるわ。」
ザバン!
襲ってきた洪水、そして巻き込まれて流された水の中。
アトランティス人のユキは、沈みゆく大地と大勢の巻き込まれた者たちが放つ阿鼻叫喚の中でさらなる恐怖へ突き落とされていました。
『ザロ!!』
必死に、夫の名を呼び、姿を求めます。
溺れながらも青い空を見上げて、彼が来るはずの空の向こうを捜しました。
助けに来てくれるはず、助けに来るはず…!!!
海水を飲み、激しくせき込むとそれによりさらに海水が口に入ってきます。
パニックを起こして手足をばたつかせながらも、ユキの頭のどこかでは冷静な意識が残り、結婚したばかりの夫のことを必死に考えていました。
いいえ…彼はパイロットだもの。
いまごろレスキューの船を飛ばしているに違いない。
でも私の救出には間に合わない…。
ユキは薄れていく意識の中から、夫のことを思い、結婚式に祝福してくれたみんなの笑顔を思い、そして…
わたし、こうなることを知っていた気がする…
彼女は静かに水底に沈んでいきました。
つづく。
Posted by 町田律子(pyo) at 07:00│Comments(2)
│夢希
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夢希59 「地球人」「夢希。」ユキの魂は海の底で呼びかけられ、目を覚ましました。 沈んでからどれだけの時が経ったのか。うすぼんやりとした意識が水底でゆらりゆらりと舞います...
夢希59 「地球人」【pyo's room】at 2010年12月11日 07:00
この記事へのコメント
ユキ〜
アトランティス崩壊シーンはいつも絶望的だけれど…。夢希がそこに加わった事で悲惨なシーンにもかすかな希望です

頑張ったねユキ

アトランティス崩壊シーンはいつも絶望的だけれど…。夢希がそこに加わった事で悲惨なシーンにもかすかな希望です


頑張ったねユキ

Posted by ちょこ at 2010年12月10日 14:11
●ちょこさん
応援ありがとですーっ
応援ありがとですーっ
Posted by pyo
at 2010年12月10日 23:37

迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。