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2011年08月09日

大地の花43 冬から春

第43話 「冬から春」


季節はすっかり冬になった。
こんこん、こんこんとランユウの咳が続いている。

メイファはファーレンに教わって湯たんぽを準備した。
ファーレンが大陸に出入りする商船の者に頼み込み手に入れた羊の皮を使った水袋だ。

メイファは注意しながらこれにお湯をいれ、火傷しない程度まで冷ますとランユウのところにもっていった。

大地の花43 冬から春


「ファー…レンは?」
こほんこほんと咳き込みを間に挟みながら、ランユウがきいた。

メイファはランユウの布団の中にそっと湯たんぽを入れた。
教わった通り足が直接当たらず、でも離れすぎない程度の位置に調整する。

本当にこれで温まるのか、と思うほど病人の手足はずっと冷たいままだ。

「いまアヒル汁を作ってるわ。咳にいいんですって。」

そうか…と言いながら再び咳き込んだランユウの背中をさする。
痩せた背にゴツゴツした骨を感じた。


それでもこの家に帰ってきた時よりは体力がついたのかもしれない。
声も出るし、腕も多少は動かせるようになったし自力で寝返りも打てる。

だがそんな変化は日々ちょっとしたものだったので、メイファは良くなっていると思えずにいた。
竜族の者たちに指摘されてやっとそうだ、と気づいた程度だ。


食も細く抵抗力が落ちているのですぐに風邪をひく。
寒い日々、熱病とは別の病が何度もランユウを襲った。

「もういいよ…温かくなった。ありがとう。」
ランユウはふうと深い溜め息をついて、上向きにゆっくりと体を動かした。

そのまま目をつぶり静かに寝たようだ。

しばらく横に座ってランユウの顔を見つめていたメイファは、異常を感じた。
近づいてじっと見つめる。

息を…していない?!


「ランユウ?ランユウ!」
メイファはランユウを揺さぶった。

目を開けない。

「ランユウ!戻って!だめ!行かさないから!」
とっさに唇をあわせ、息を吹き込んだ。

メイファの中からぼや~っと白い龍が浮かび上がった。
龍はランユウの中にするりと入り込んでゆく。

くっとランユウの体が反応し、ふぅ~っと息を吐いた。
目が開く。

「ランユウ!」
メイファが涙を落としながらすがりつくと、ランユウはメイファの髪をそっと撫でた。

「また…お前に引き戻されたな…」
「いかさない。絶対いかさないから。」

ランユウは諦めたように微笑んだ。



メイファが氷のように冷たいランユウの手をせっせとさすっていると、ファーレンが出来上がった汁を持ってきた。
いまだ固形物を殆ど受け付けないランユウのために、汁だけだ。

声をかけてランユウを抱き上げ、自分の体を使ってランユウの上体をあげると赤子をいたわるようにそっと口に汁を運ぶ。

ランユウは柔らかくほほえみながら、ファーレンに話しかけた。
「ありがとう…また死にそこねたよ…」

ファーレンは冷静に笑顔をつくりながら、ランユウの話を静かに受け止める。

こんな風に落ち着いた大人にならないとランユウに認めてもらえないのかな… 。
メイファはランユウの冷たい腕をさすりながら、惨めな気持ちで考えた。


大地の花43 冬から春



短いが寒い冬が過ぎ、春がやってきた。
日差しが暖かく、ほっとする。


海岸でアーサと呼ばれる海藻をとった。
白い砂浜は流れ着いた明るい緑色のアーサで彩られ、寄せては返す波もまたアーサの緑にユラユラと揺れていた。

村人たちはここぞとばかりにアーサの収穫にいそしんでいる。
たっぷりと潮を吸った海藻はバーキと呼ばれるカゴに入れて、持ち上げるとふらつきそうなほど、重い。

だがミネラル分たっぷりの旬のアーサをランユウに食べて欲しくて欲張って収穫していたので、メイファはふらつきながらも踏ん張って運ぼうとした。

白いサラサラの砂が重い荷物を担いだメイファの足をすくう。
「危ない!」
誰かがふらついたメイファを支えてくれた。

「こんなに載せたら、バーキが壊れるぞ。」

タルーだ。
あれから一年ほど経つが、まだメイファを好きなままらしい。

メイファは日々ランユウの看病に追われていて、彼のことなどすっかり忘れ去っていた。


「持ってやるよ。お屋敷にだろう?」
タルーはひょいと重いバーキを担ぎ上げるとすたすたと歩き始めた。

「ありがとう…」
メイファがいうと、タルーは歩きながら言った。

「ランユウさまの具合は…相変わらずなのか?」
メイファは下を向いて小さく頷いた。

先の見えない長患いと間をおいていきなり何度も襲ってくる熱と痛みから、ランユウは時折メイファのヒーリングを断り、そのまま逝かせてくれとつぶやくように頼む。

メイファは涙を何度も飲み込みながら、ランユウが寝ている間にそっとヒーリングを送り続けてきたのだ。
ランユウが生きる気力を取り戻せば、病は克服できるはず…メイファはそう確信していた。


「…だろ?」
タルーに言われて、メイファははっと顔をあげた。
タルーの話は聞いてはいなかった。

タルーはメイファの顔を見て苦笑すると、
「お父さんの事で頭がいっぱいなんだな」
といった。

村ではランユウとファーレンが事実上の夫婦とされている。
献身的に‘養父’の看病をしているメイファは、村でも感心な孝行娘だともっぱらの評判だ。


「俺もさ…小さい頃、ランユウ様に遊んでいただいた事があるんだ。なんて言うか…ランユウさまはいつも村の父親のような存在でさ。生き神様って感じかな。いつまでもお若いしさ。」

海岸から岩場の間や木が生えている天然の防風林を抜けて、二人は村の間の小道に入っていた。


「ランユウは…神さまなんかじゃない。」
メイファは拗ねたように小さな声で言った。

神さまだったら死なせてくれと頼んでメイファを苦しめたりはしない、と思う。

死にたいのは生きているからだ、と、ふと気がついた。

生きてるのなら生きる覚悟をすればいいのに。
どうしたら生きつづけたいと思ってくれるんだろう。

夢のなかでランユウの中から現れた龍が語った言葉を思い出す。
未来につながる夢を…、ランユウの子を産めばいいのだろうか。



「メイファ…あのさ。こんど付き合ってくれないかな。ええと…そら、あのさ、こんど手づかみ漁があるだろう?あの時に俺とパートナーを組んでくれないか?」

タルーの唐突な言葉にメイファはきょとんとした。
手づかみ漁?
ああ、と日焼けに苦しんだ昨年の漁を思い出した。


村中総出で魚を浅瀬に追い込んで取る漁だ。
満潮と干潮の差が大きい大潮の日にやる。

砂浜が続く遠浅の海岸に手で持ち上げられる程の岩を並べておき、そこに魚を追い込んでいくとやがて潮がひいた時に岩の輪の中に魚が残される。

最終的にかなり狭い場所に追い込み手づかみで収穫するのだが、籠をもつものと魚を捕まえるものがペアを組むこともある。


だがそうした大潮の日は新月か満月だ。
月の夜は特にランユウの具合が悪くなる。月を恨みたくなる程だ。

メイファは首を横に振った。
「ごめん、ランユウについてないと…急に熱を出したりするから。」

家の前について、メイファはここまででいい、と重いバーキを受け取ると中に入っていった。
タルーはじっとメイファの後姿を目で追っていた。


つづく。



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Posted by 町田律子(pyo) at 08:09│Comments(2)大地の花
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大地の花44 縁談【pyo's room】at 2011年08月10日 19:33
この記事へのコメント
なかなか…メイファには切ない状況が続いてますね

周囲からも娘と思われているその状況で、ランユウの子なんか生んだらえらい反応されるんじゃ?…と心配しつつ…。

でもメイファに気持ちを貫いてほしい、いつかみんな笑顔になってほしい、とも思うのでした
Posted by ちょこ at 2011年08月09日 09:16
●ちょこさん
> 周囲からも娘と思われているその状況で、ランユウの子なんか生んだらえらい反応されるんじゃ?…と心配しつつ…。

あ、それは全然気がつかなかったわ。
新しい視点をありがとうございます。^^
Posted by pyo at 2011年08月09日 22:51
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。
 
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