2011年09月02日
大地の花48 按司
第48話 「按司(あじ)」
スサの父親が帰ってきた。
仕えている按司が馬車を出してくれたという。
ランユウはその男から馬を借りた。
外に出ると、すでに陽が傾いている。
ランユウは息子のリーファンに告げた。
「大丈夫だ。月が昇るまでには戻ってくる。」
ランユウは慣れた様子で馬に飛び乗った。
十数年ぶりの馬だが、体が覚えている。
リーファンにとっては父が馬に乗る姿を見るのは初めてだった。
そんな話を聞いたこともない。
だが何となく、父なら何でも出来るという気がしていた。
それが何故なのか、リーファンは今まで考えたこともない。
あっという間に村の反対側の街道に出て駆け抜けていく父の姿を見送ると、リーファンはスサの家に戻った。
父に教えられた通り、時折、腕のしばりを外してゆるめ、手に血を通す。
ぽたんぽたんと桶に落ち続けるスサの紅い血をみていると、もう大丈夫じゃないか、毒はすべて出たのではと思う。
だが時折気を失うほどの痛みを負うスサの顔をみると、改めて気を引き締めて他の者達といっしょにスサの看病を続けた。
「リーファンさん、少し休憩してください。こちらでお食事をどうぞ。」
スサの親戚という人に声をかけられ、リーファンはお腹がすいて疲れていることにいきなり気がついた。
勧められるまま表の家にいき、そこで食事を出してもらう。
陽が暮れかけていた。
食べていると、馬の蹄の音がした。
父が帰ってきたのかと喜んで顔をあげると、見知らぬ男が入ってきたところだった。
「これは按司さま!」
この家の者たちがあわててお迎えに走る。
どうやらこの村の主なのかと気が付き、リーファンは箸をおいて座りなおし、頭を下げた。
「クシヌヤーの娘がハブに噛まれたときいたので薬など持ってきたんだ。どうなった?」
按司は馬からおりながらてきぱきと話をする。
村の者たちがスサの容態を説明し、娘を助けた少年だとしてリーファンを紹介した。
按司は怪訝そうにリーファンを見る。
「どこの村の者だ?名はなんという?」
リーファンは頭を下げたまま、名乗った。
東の岬の村に住むランユウの息子リーファン…と名乗ると、按司は驚いたようだ。
「ランユウ…?いま、ランユウの息子だと言ったか?顔を見せてくれ。」
リーファンの顔から父親のランユウの面影を見つけるのは難しい。
どちらかというと母親のメイファ似だ。
按司はじっと顔を見つめたあと、東の岬の村にランユウと名乗るものがいるとしたら許されない事だ、とリーファンに厳しく告げた。
「ど…どういう事でしょう。父の名は確かにランユウと申します。」
驚いたリーファンの表情をみて、按司は嘘をついているわけではないと判ってくれたようだった。
「ランユウという名は、王さまの弟であり私の叔父である方のお名前だ。
亡くなられてから20年近くなるが、王はまだ法要のたびにひどく悲しまれる。
それほどの方のお名前を安易に使うことなど許されぬ。」
リーファンはますます驚いた。
父と同名の方にそんな偉いお方がいたのか…と思ったが、何かが「違う」と心の中でささやく。
だが何が違うのか、少年は何も知らず、何も知らされてなかった。
この少年の父親はすぐに戻る…と聞いて按司はこの問題を先におき、村長とともに病人の見舞いにいった。
リーファンは食べかけの食事を続けたが、心が不安に染められ始める。
陽は傾き、空はオレンジ色に変わり始めていた。
つづく。
ランユウは息子のリーファンに告げた。
「大丈夫だ。月が昇るまでには戻ってくる。」
ランユウは慣れた様子で馬に飛び乗った。
十数年ぶりの馬だが、体が覚えている。
リーファンにとっては父が馬に乗る姿を見るのは初めてだった。
そんな話を聞いたこともない。
だが何となく、父なら何でも出来るという気がしていた。
それが何故なのか、リーファンは今まで考えたこともない。
あっという間に村の反対側の街道に出て駆け抜けていく父の姿を見送ると、リーファンはスサの家に戻った。
父に教えられた通り、時折、腕のしばりを外してゆるめ、手に血を通す。
ぽたんぽたんと桶に落ち続けるスサの紅い血をみていると、もう大丈夫じゃないか、毒はすべて出たのではと思う。
だが時折気を失うほどの痛みを負うスサの顔をみると、改めて気を引き締めて他の者達といっしょにスサの看病を続けた。
「リーファンさん、少し休憩してください。こちらでお食事をどうぞ。」
スサの親戚という人に声をかけられ、リーファンはお腹がすいて疲れていることにいきなり気がついた。
勧められるまま表の家にいき、そこで食事を出してもらう。
陽が暮れかけていた。
食べていると、馬の蹄の音がした。
父が帰ってきたのかと喜んで顔をあげると、見知らぬ男が入ってきたところだった。
「これは按司さま!」
この家の者たちがあわててお迎えに走る。
どうやらこの村の主なのかと気が付き、リーファンは箸をおいて座りなおし、頭を下げた。
「クシヌヤーの娘がハブに噛まれたときいたので薬など持ってきたんだ。どうなった?」
按司は馬からおりながらてきぱきと話をする。
村の者たちがスサの容態を説明し、娘を助けた少年だとしてリーファンを紹介した。
按司は怪訝そうにリーファンを見る。
「どこの村の者だ?名はなんという?」
リーファンは頭を下げたまま、名乗った。
東の岬の村に住むランユウの息子リーファン…と名乗ると、按司は驚いたようだ。
「ランユウ…?いま、ランユウの息子だと言ったか?顔を見せてくれ。」
リーファンの顔から父親のランユウの面影を見つけるのは難しい。
どちらかというと母親のメイファ似だ。
按司はじっと顔を見つめたあと、東の岬の村にランユウと名乗るものがいるとしたら許されない事だ、とリーファンに厳しく告げた。
「ど…どういう事でしょう。父の名は確かにランユウと申します。」
驚いたリーファンの表情をみて、按司は嘘をついているわけではないと判ってくれたようだった。
「ランユウという名は、王さまの弟であり私の叔父である方のお名前だ。
亡くなられてから20年近くなるが、王はまだ法要のたびにひどく悲しまれる。
それほどの方のお名前を安易に使うことなど許されぬ。」
リーファンはますます驚いた。
父と同名の方にそんな偉いお方がいたのか…と思ったが、何かが「違う」と心の中でささやく。
だが何が違うのか、少年は何も知らず、何も知らされてなかった。
この少年の父親はすぐに戻る…と聞いて按司はこの問題を先におき、村長とともに病人の見舞いにいった。
リーファンは食べかけの食事を続けたが、心が不安に染められ始める。
陽は傾き、空はオレンジ色に変わり始めていた。
つづく。
Posted by 町田律子(pyo) at 07:00│Comments(0)
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大地の花49 月が昇る時【pyo's room】at 2011年09月06日 18:10
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。