2011年11月04日
大地の花76 想いのすれ違い
第76話 「想いのすれ違い」
「まだ具合が悪いのか?」
ランユウは紅花姫の部屋をおとずれて声をかけた。
いつまでも寝込んだまま起きようとしない紅花を、どうにかしなければと思う。
泣き暮らすよりも、お腹の子のためにも少しは起きて陽にあたった方がいい。
お前はもう母になるのだから。
第一王妃からの毎朝の花は、ランユウが手回しをして止めさせていた。
それでも紅花姫の生活は変わらない。
紅花の偏食や普段の態度をただの甘え、心が弱いと受け止めていたランユウは、妊娠を理由に寝たままでいようとする態度もまた同じ事かと考えた。
だがそうした厳しい態度の夫に対し、紅花姫はますます心を閉じる。
「…母になる気など毛頭ないものを…」
涙を浮かべながらぽつりとこぼした言葉に、ランユウは心がいきり立つのを感じた。
ぎゅっと拳を握る。
望まない子。望まれない子。
母ロウメイがどんな想いで自分を産んだのか。
どんな想いで周囲が隠すように自分を育てていたのか。
その傷を抉り出された気がした。
「…そうか。すまなかった。」
搾り出すように言うと、ランユウはすぐに姫の部屋を出た。
「…会わないほうがよさそうだ…。」
ランユウは息子のリーファンにそれだけ言うと、出かける支度を始めた。
「父上…!」
何か言いたげなリーファンに、ランユウは振り返って厳しく言った。
「今日は弓の訓練だ。お前は人の倍、矢を射り全て命中させてみろ。俺に意見するのはそれからだ。」
「…姫さま…」
そっと声をかけた美舞に、紅花姫は震える涙声で言った。
「…どうして私はランユウさまにあんな態度しかとれないのかしら…」
美舞はそっと紅花の背中をさすりながら、優しくこたえた。
「ランユウさまは姫さまの事を心配しておいでなのですよ。」
「そうかしら…」
紅花姫は首を横に振った。
きっと、呆れてらっしゃる…。
こんな醜い妻などいらないと…。
「私…私は本当に醜い…」
いきなり泣き始めた姫に驚き、美舞は「そんな事ありません」と慰めた。
紅花姫は昔から顔の傷を気にしていた。気にし過ぎるほど、気にしてきた。
その理由を幼い頃から仕えてきた美舞は知っている。
『まぁ、顔に傷なんて。痕でも残ったら王の姫として情けない限りじゃないの。』
幼い頃、縁側から転がり落ち、踏み石の角で顔に傷を追った紅花を見舞いに来た第一王妃が、姫の世話をしていた者たちを厳しく叱った。
その言葉は姫自身の心を深く突き刺し、それは傷跡とともに癒される事無くいまも心の中で血を流し続けている。
紅花は妊娠後、むくみが出てきた己の顔を鏡で見て、さらにこの想いを強くしていた。
身体がだるく、起き上がることも億劫になっている。
少し熱っぽいような気もする。頭が締め付けられる気がする。
夜、寝ているような寝ていないような微睡みが続く暗闇の中で、不意に紅花は強い力で抱きしめてくれた腕を思い出した。
『顔の傷など気にすることはない。俺の身体の傷に比べたら、お前の傷などないようなものだ。』
夫となったランユウがかけてくれた言葉。
それは心を溶かしてくれる程の救いの言葉だった。
そんな夫の子を身ごもったと知り、最初は嬉しかった。
だが子供の頃から何度も王妃に言い聞かせられてきた言葉が蘇る。
ランユウは父王を滅ぼすかもしれない…。
ランユウの傷跡は戦の傷。
戦いで鍛えられたその腕は、連戦連勝、叶うものがいないという。
その腕で何に刃を向けるのか。
そんな男に心も身体も奪われている己がまたそら恐ろしい。
いなければ、あの腕の中にいたいと思う。
そばにいれば、あの腕が怖くて仕方無い。
そうして、紅花姫はランユウの顔をまともに見ることができないのだった。
つづく。
お前はもう母になるのだから。
第一王妃からの毎朝の花は、ランユウが手回しをして止めさせていた。
それでも紅花姫の生活は変わらない。
紅花の偏食や普段の態度をただの甘え、心が弱いと受け止めていたランユウは、妊娠を理由に寝たままでいようとする態度もまた同じ事かと考えた。
だがそうした厳しい態度の夫に対し、紅花姫はますます心を閉じる。
「…母になる気など毛頭ないものを…」
涙を浮かべながらぽつりとこぼした言葉に、ランユウは心がいきり立つのを感じた。
ぎゅっと拳を握る。
望まない子。望まれない子。
母ロウメイがどんな想いで自分を産んだのか。
どんな想いで周囲が隠すように自分を育てていたのか。
その傷を抉り出された気がした。
「…そうか。すまなかった。」
搾り出すように言うと、ランユウはすぐに姫の部屋を出た。
「…会わないほうがよさそうだ…。」
ランユウは息子のリーファンにそれだけ言うと、出かける支度を始めた。
「父上…!」
何か言いたげなリーファンに、ランユウは振り返って厳しく言った。
「今日は弓の訓練だ。お前は人の倍、矢を射り全て命中させてみろ。俺に意見するのはそれからだ。」
「…姫さま…」
そっと声をかけた美舞に、紅花姫は震える涙声で言った。
「…どうして私はランユウさまにあんな態度しかとれないのかしら…」
美舞はそっと紅花の背中をさすりながら、優しくこたえた。
「ランユウさまは姫さまの事を心配しておいでなのですよ。」
「そうかしら…」
紅花姫は首を横に振った。
きっと、呆れてらっしゃる…。
こんな醜い妻などいらないと…。
「私…私は本当に醜い…」
いきなり泣き始めた姫に驚き、美舞は「そんな事ありません」と慰めた。
紅花姫は昔から顔の傷を気にしていた。気にし過ぎるほど、気にしてきた。
その理由を幼い頃から仕えてきた美舞は知っている。
『まぁ、顔に傷なんて。痕でも残ったら王の姫として情けない限りじゃないの。』
幼い頃、縁側から転がり落ち、踏み石の角で顔に傷を追った紅花を見舞いに来た第一王妃が、姫の世話をしていた者たちを厳しく叱った。
その言葉は姫自身の心を深く突き刺し、それは傷跡とともに癒される事無くいまも心の中で血を流し続けている。
紅花は妊娠後、むくみが出てきた己の顔を鏡で見て、さらにこの想いを強くしていた。
身体がだるく、起き上がることも億劫になっている。
少し熱っぽいような気もする。頭が締め付けられる気がする。
夜、寝ているような寝ていないような微睡みが続く暗闇の中で、不意に紅花は強い力で抱きしめてくれた腕を思い出した。
『顔の傷など気にすることはない。俺の身体の傷に比べたら、お前の傷などないようなものだ。』
夫となったランユウがかけてくれた言葉。
それは心を溶かしてくれる程の救いの言葉だった。
そんな夫の子を身ごもったと知り、最初は嬉しかった。
だが子供の頃から何度も王妃に言い聞かせられてきた言葉が蘇る。
ランユウは父王を滅ぼすかもしれない…。
ランユウの傷跡は戦の傷。
戦いで鍛えられたその腕は、連戦連勝、叶うものがいないという。
その腕で何に刃を向けるのか。
そんな男に心も身体も奪われている己がまたそら恐ろしい。
いなければ、あの腕の中にいたいと思う。
そばにいれば、あの腕が怖くて仕方無い。
そうして、紅花姫はランユウの顔をまともに見ることができないのだった。
つづく。
Posted by 町田律子(pyo) at 17:00│Comments(2)
│大地の花
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大地の花77 「弓矢」【pyo's room】at 2011年11月14日 07:00
この記事へのコメント
せつないね・・・
Posted by ♪春♪ at 2011年11月04日 23:11
ほんとにね・・・
Posted by pyo at 2011年11月05日 00:42
迷惑コメントが入り始めたので「承認後受け付ける」にしています。すぐには表示されませんがお待ち下さい。