pyo's room

ぽと、と手の中に果物が落ちてきて路は上を見上げます。
木の妖精がはにかみながら嬉しそうに結婚を祝ってくれました。

「ありがとう。」
路はお礼を言って、果物をかじりながら考えました。

　そうだ。
　今さらドリの事をあれこれ考えてどうする。
　ドリは夢希として転生し、俺は約束通りあの子を幸せにしている。

『ホントにそうか？』

一瞬、心の深いところから問いかけられて路は青ざめました。

その声は捉えようとしても再び聞こえることはなく。

路は夢希の少女らしい純真な笑顔を思い浮かべて、心に浮かんだもやもやを向こうに追いやりました。

と、今度は雫の泣き顔が浮かびます。
手にしたかじりかけの果物を見ました。

　…そうだ。
　雫も幸せにすると誓って結婚したんだ。

　押し寄せる流れに身を任せていただけじゃない。
　きちんと向き合わなければ。

もう一度果物を口にしたとき、ヘヴンの家の近くにいる事に気付きました。

ちょうど道の向こうからやって来るヘヴンの姿が見えます。
「やあ、ヘヴン！」

手をふって合図し、ヘヴンがこちらを見た…と思う間もなく。

ヘヴンはパタンと道に倒れました。
「ヘヴン！」


路がヘヴンに駆け寄るのと、寺子屋から帰ってきたヘヴンの息子ウォオ、それにウォオと一緒にポータルのドアをくぐった夢希がヘヴンが倒れたのを見て声をあげたのが同時でした。

路はヘヴンの様子を確かめると、ウォオに医務院へのポータルを開くように指示しヘヴンを抱き上げました。

　軽い。相変わらず。
　何を食ってるんだ。

まるで今にも消え入りそうなヘヴンのエネルギーの弱さに不安を感じます。





「ヘヴン、君に何かあったときには再生の優先順位を譲るとも、
　エネルギーが不足してれば自分の手足を切っても構わないとも
　本気で宣言されてる方がここにおられることを忘れてはいかんよ。
　もっと自分の肉体を大事に使うことだ。」

青い顔して横たわるヘヴンに、ドクター・ハタは笑顔で告げました。
表情は明るいものの、目は笑っていません。

「しばらくは絶対安静。
　足もパンパンに腫れ上がって義足が合わなくなっていたじゃないか。
　そうなる前に気付いたら来るように言っておいたはずだ。」

ヘヴンは目を伏せて小さく肯きました。
声を出す力さえない様子。

ドクターが部屋を出ていくとすぐに顔を覗き込んだ路に、ヘヴンはかすれた小さな声で謝罪しました。
「路さま…申し訳ありません…」

黙って顔を覗き込んでいる路に続けます。
「…僕の事より、どうか新しい奥さまの事をお考え下さい…。」

「ヘヴン。そうはいかない。お前に必要なら今すぐにでも俺は自分の魂だって削る。約束はいまでも生きているからな。」
路は夢希が生まれた頃にヘヴンに告げたことを再び繰り返しました。





「お父さま…どうして？」
医務院からの帰り道、夢希は路にたずねました。
「神官のパパヘヴンにどうしてそこまで約束しているの？」

「昔、僕が起こした事故にヘヴンが巻き込まれた。彼が足を失ったのはそのためなんだ。」
路は簡素にこたえました。

「だから彼の足を取り戻したいとずっと研究してるんだが、結局は失敗続きでね。」


「パパヘヴンの…」
夢希は言いかけて止めました。
「…なんでもない。」

夢希は最近ヘヴンが自分を避けているのじゃないかと感じることがありました。

ヘヴンは、ウォオには父性で接しているのに
夢希には母性で接している…と、大人たちが話していたのを聞いた頃から。

そしてそれを自分自身でも感じ始めていた事から。


夢希は自分を産んだのが誰なのか知りませんでした。

ただ、幼い頃から家族のように行き来していたヘヴンとルルの家。

そして物心ついた頃から弟として可愛がっていたウォオのことから
無意識に、ルルが母親なのではないかと考えていたのです。

しかしそれでは説明がつかない何かを、ヘヴンとルルに感じていました。


「それより、雫のお見舞いにいこう。」
路はすっと話しを変えると、この話題を切り上げました。


つづく。